セクサロイドは眠らない
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2002年08月14日(水) |
そういうお前こそ、最近、腹の脂肪を気にしてダイエットしてるのは女の子を気にしているせいだろう?僕は、そこんとこ、黙っておく。 |
朝。
いつもの時間。
「おはよう。」 「おはよう。」
僕は、もうとっくに目が覚めていて、体中にピンピンと力がみなぎっている。
「行くか。」 「おう。」
僕と、カズヤは、朝の街に飛び出して行く。
「はは。朝っぱらから元気いいなあ。」 「当たり前だよ。」
僕達は、道行く人に笑顔を振り撒きながら、駆け足で。
どこに行こう、というのではなくて、こうやってカズヤと一緒にいるのが楽しい。
僕は、犬のルーキーで、飼い主がカズヤだ。僕らはいいコンビだ。声を掛け合いながら、朝の街を。
--
今日もあの子とすれ違う。カズヤも僕も速度を落とし、カズヤはうつむき加減だ。
「おはよう。」 あの子に、僕の声は届かなかったろうか。
素敵な女の子と、その女の子にふさわしい真っ白でフワフワの犬。
僕らは、彼女達とすれ違った直後はちょっとぼうっとしてしまって、しばらく無言で歩く。
いつも、同じぐらいの時間。僕達のささやかな楽しみといえば、彼女達が散歩しているのに行き当たって、その美しい横顔を見ること。
「ね。あの子達も、僕らみたいに気が合ってるだろうか。」 僕は、カズヤに訊いてみる。
「多分ね。多分。」 カズヤは、少し考え事をしている顔でうなずく。
僕は、カズヤの恋の病が思いのほか重傷だと知り、心の中でニヤニヤする。
--
家に帰って、僕は朝食をもらい、カズヤはシャワーを浴びてさっぱりして。
僕は、今朝も朝から食欲旺盛。
「はは。よく食うなあ。」 カズヤが笑っている。
「うん。食べなくちゃね。」 「太ったら、彼女に嫌われるぞ。」 「なに。いいさ。」
そういうお前こそ、最近、腹の脂肪を気にしてダイエットしてるのは女の子を気にしているせいだろう?
僕は、そこんとこ、黙っておく。
「なあ。あの子、どう思う?」 急に、カズヤが訊いてくる。
「うん。素敵なんじゃないかな。」 「あの子、僕の事、どう思ってるかな。」 「どうかな。でも、毎朝顔合わせてりゃ、親近感も湧くんじゃねーの?」 「そうだよな。」 「告白すんのか?」 「いや。見てるだけでいいんだよ。」 「なんだよ。根性ないな。」 「いいさ。」
カズヤは、微笑んで立ち上がる。
いいやつだな。本当に。僕が女の子なら放っておかないのに。
--
今日も、あの子とすれ違う。
「おはよう。」 僕も今日は勇気を出して、白い犬に声を掛けてみる。
だけど、知らん顔されちゃった。声が小さかったろうか。そんなことをグルグル考えてみる。
カズヤは、またボンヤリしている。カズヤもきっと、女の子のことを考えて。
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「な。告白しろよ。」 僕は、とうとう、しびれを切らしてカズヤに言う。
「そんな。」 「男だろ。」 「だけど、犬の散歩ですれ違うだけのやつに告白なんかされたら、ひくって。」 「大丈夫だよ。駄目でもいいじゃん。もともと、犬の散歩ですれ違うだけなんだし。」 「手紙、書こうかな・・・。」 「ああ。そうしろ、そうしろ。」
カズヤは、部屋に引っ込んでしまった。
何時間も出て来ない。
はは。今頃、紙屑の中で頭抱えてるかな。
随分と時間が経った後、カズヤがようやく出て来た。
「いいか。読むから、聞いてくれよな。」 カズヤは、僕の前でラブレターを。
うん。いいよ。とても心がこもってる。
なんでかな。
僕が犬じゃなけりゃ、今頃、号泣してるぜ。
それぐらい。なんというか、カズヤのラブレターは・・・。
--
次の日の朝。
きっと、カズヤは眠れなかったのだろう。目を真っ赤にして、僕の散歩紐を握っている。
「頑張れよ。」 「ああ。」
いつもの時間。いつもの場所。
彼女達が近付いて来る。
僕らは、立ち止まる。
カズヤは、ペコリと頭を下げて、手紙を差し出す。
女の子は驚いた顔で、カズヤと僕を交互に見ている。
あちゃー。恥かしくて駄目だ。カズヤにとっての世紀の一瞬だ。
途端に、カズヤが散歩紐をぐいと引っ張って。走る。走る。おいおい。分かったから、ちょっと待てよ。おい。カズヤは、何も言わず、走り続ける。
その日は夜までカズヤは一言も僕に離し掛けなかった。
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次の日。
いつものように僕らは散歩に。
そうして、いつもの場所。いつもの時間。
彼女は通らなかった。
カズヤは何も言わなかった。僕も何も言わなかった。
次の日も。また、次の日も。
そうして、気付いた。女の子が、僕らに会うのを避けて、散歩の時間を変えてしまったこと。
「大丈夫だよ。」 カズヤは、僕に言う。
僕は、何も言わない。
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一度だけ、見た。
カズヤが仕事に行ってて、僕は、家の前でウトウトとしていた時。
あの女の子の声がしたから薄目を開けてみたら、彼女、背が高いヤツと一緒に歩いてた。
僕は、目を閉じて。また、眠っているふりをした。
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あの女の子のことは、カズヤの口からはもう語られることは無かったけど、一度だけ。
「なあ。ルーキー。」 「ん?」 「僕、こんな体だけどさ。でも、こんな僕でも夢を見たかったんだよ。」 カズヤが言う。
「夢は誰だって、見ていいさ。」 僕はカズヤに言う。
カズヤは、しゃべることができない。他人が見たら、僕らはいつも黙って寄り添ってるだけに見えたかもしれないけれど。カズヤが事故で言葉を失った時も、僕はカズヤのそばにいたから。だから、僕らはいつだって、自由に言葉が交わせるのだった。
「僕、思ったんだけどさ。」 僕は、言う。
「ん?」 「あの、女の子達、さ。あの白い犬でさえ、僕とは言葉を交わさなかった。」 「僕らの声、聞こえなかったんだね。」 「ああ。だけどさ。いつか、僕らの言葉が分かる女の子と犬にきっと会えるから。」 「そうかな。」 「そうさ。」 「ルーキーだけでも、いいお嫁さん貰ってやりたいけどな。」 「いいよ。僕は。」
もう、すっかり夜で、僕は眠たいふりをする。
いつか、カズヤにも、素敵な彼女ができるかもしれない。いつか、僕にも、素敵なお嫁さんが来るかもしれない。
それはそれで素敵かもしれないけれど。
犬だって、夢を見る。
目を閉じて。
僕が人間の少年になって。カズヤは、言葉を取り戻して。浜辺を走る夢。一緒に笑う声が、波に吸い込まれて。
犬だって、夢を。
きみだって、夢を。
見ていいのさ。
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