セクサロイドは眠らない

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2002年08月13日(火) それから、私は自分の体を調べるのに、日々の時間を費やすようになった。自分の体を覆う、その皮膚を剥いだ。

気付けば、その薄暗い家で私は母と暮らしていた。

私には、幼い頃の記憶がなかった。

何でも、ひどい大病を患ったとかで。

「生死の境をさ迷ったのよ。」
母は、私の髪を撫でながら、言う。

私は、そんな母の手を取って、
「ごめんね。」
と、言う。

「何言ってるの。」
と、母は私を抱き締める。

「あなたがいるから、今、私はこうして生きていられるのよ。」
と、母は、言う。

私は、年に二度、その病院に行く。

まだ、体が完全に回復していないから、という理由で。「私は一体何の病気なの?」と訊くけれども、「一生治らない病気。」とだけ言われて。病院に入ると、すぐさま、眠らされる。そうして、目が覚めた時には、確かに体が随分と楽になるのだった。

病院の医師は、どこかしら狂気じみた顔をした男で。

「あの人は天才なのよ。」
と、帰り道、母はいつも私に言う。

それから、いかにその医師が素晴らしいかを、夢見るように言い続ける。

「でも、どうして?そんなすごいお医者なら、なんで森の奥でひっそりと開業しているの?」
私は訊いたことがある。

「あの人はね。他人が分かる名誉なんか欲しくなかったの。自分のためだけの研究がしたくて、あんな森の奥に引っ込んじゃったのよ。」
「そう。」

--

母が亡くなったのは、本当にあっという間だった。

街中にインフルエンザが流行った時、私が医者を呼びに行くと言っても聞かなかったのだ。

「外に出ちゃ、駄目。あんたは、体が弱いんだから。」
「大丈夫よ。家では、何だって手伝いができるもの。」
「でも、駄目。お願い。そばにいて。」

母は、そう言って、私が医者を呼ぶのを拒み、あっけなく亡くなってしまった。

医者なら、例のあの医者を呼べばいいのに、とも思ったけれど。

「いい?母さんが死んでも、どこにも連れて行かないで。この家の庭に埋めて。」
母は息を引き取る間際に、そう言い残した。

私は、言われた通り、母を庭に埋めた。

--

私は、そうやって独りぼっちになってしまった。

誰も訪れて来ない部屋で。

ある日、私の腕に小さな突起が出来ているのを知った。

なんだろう?

そういえば、私、そろそろ病院に行かなくちゃいけないのに。医者のいるところまでどうやって行けばいいのか、分からない。母がいつも車に乗せて行ってくれてたから。一人じゃ、出歩いたらいけないよ、といつも言われていたから。

私は、病院に行かないと、死んじゃうんだろうか?

私は、その突起を手で触ってみる。

何ともない。

ただ、確かに確実に、私は、病気のせいだろう。体をうまく動かせなくなっていた。早く、病院に行かなくちゃ。

私はカッターナイフで突起をつついてみる。

血が吹き出すかと思ったが、実際には、皮膚が裂けて現われたのは、小さなネジ頭だった。

「何?」
私は、驚いて、自分の腕を眺める。

私は、慌てて部屋の奥からドライバーを見付けてくると、ゆるんだネジを締める。そうすると、腕から響いていたカタカタという音がおさまった。

私、人間じゃないんだ。

私は、その時、驚くというよりは、いろいろなことの辻褄が合ってほっとした方が先だったのだと思う。きしんで上手く動かせない足のことも。年に二回の入院のことも。一人で外に出るのを禁じられていたことも。

そうだったんだ。

私は、笑った。

それは、良く聞けば、人間の笑い声とは確かに違った。ケケケ・・・と響いた。

--

それから、私は自分の体を調べるのに、日々の時間を費やすようになった。

自分の体を覆う、その人口皮膚を剥いだ。それから、足を取り外してみたり、自分の体を動かすと、歯車が小さくきしんで音を立てるさまをじっと眺めたりした。

次第にそれだけは足らなくなって。私は、自分の体を分解し始めた。

自分で自分の体を壊すのは狂気じみていたかもしれないが、私には、他に生きて行く術がなかった。

たとえば、人は、それまでの生の道のりを知らずして、どうやってその先に歩いて行くことができるのか?

私は、自分の生の源を知りたいと思った。

そうして、私は、自分の体を解体して行き、果ては、もう、どこにもいけない体を抱えて、自分がこの先行くべき道について考えた。

私は、その時点で、自分を元通り組み立てることも可能だったのだ。

だけど。

そこには、何も無かった。空っぽだった。今更、もう一度自分を組み立てて、その中に何を入れればいいというのだろう。

私は、結局、唯一残った腕で、自分の心臓部にあるスイッチを切ることにした。

それは、小さくて赤いランプの光だった。この光が消えれば、私という存在は死に絶えてしまうのだ、と思った。自分が死ぬ、というのは、とても奇妙な感じだったが、怖くはなかった。それどころか、これほどに満足して行動することは、今までになかった、とも思った。

私が私を分解してみて分かったことは、私が間違った存在であったこと。そうして、唯一、抱き締めてくれた母の腕がなければ、私はここにいたってしょうがないのだということ。

だから、私は、心安らかにその時を迎えられた。

私の体から発しているかすかな音が、ヒュゥンと音を立てて止まった。

後には暗闇が待っていた。


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