セクサロイドは眠らない

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2002年08月09日(金) 「馬鹿だなあ。そんなことに焼き餅やいてもしょうがないだろう?第一、僕は今はもう人間なんだし。二度とウサギに戻る気もないしさ。」

「ねえ、昨日の夜、電話が繋がらなかったよ?」
「昨日?うーん。電池切れだったかな。」

僕は、彼女の部屋に来ても、寝転がって、ぼんやりと見たくもないテレビの画面を見ている。

彼女がしきりに何かしゃべっているのを、僕はろくに聞きもしないで相槌を打つ。

きれいに片付いた部屋。

彼女はいつもここで僕を待っている。

「結婚」とか何とかいう言葉が聞こえる。「両親」とか。「そろそろ」とか。僕は、面倒そうな顔をして、彼女の手を引き寄せると、口づける。

「もう、ちゃんと聞いてよ。」
そう言って彼女は口先で怒るけれど、僕はかまわず彼女の服を脱がせる。

「ねえってば。」

--

シャワーを浴びてバスルームを出てみれば、彼女がうつむいている。

「帰るよ。」
僕は、彼女が泣いているのを知っていて、見ないふりをする。

「もうちょっと一緒にいたい。」
「駄目。」

僕は、車のキーを回しながら思う。ちょっと意地が悪かったかな。しょうがない。僕は、一人の時間が好きだから、まだ結婚する気もないし。

機嫌を直した彼女がマンションから出て来たから。

「ごめんね。」
と、小さく言うから。

僕は、
「ん。」
と答えて、車の窓を開けて彼女に軽く口づけて。それから自分の部屋に向かって車を発信させる。

立って見送る彼女が闇に消える。

--

いつも、そんな付き合い。

身勝手な男と、泣き虫の女。

どこにでもいる、退屈な恋人同士。

--

「前、僕がウサギだった時に、」
そんなことを言ってしまったのは、本当にうっかりだった。

「ウサギ?」
彼女は、耳掻きを持つ手を止める。

僕は、その時、彼女の膝枕でボンヤリしていた。

「ああ。ウサギ。」
彼女の反応にうろたえて、僕は答える。

「あなた、ウサギだったの?」
「まあね。」
「どんな?」
「グレーの毛。黒い目。すばしっこい足。」
「素敵だった?」
「ああ。素敵だった。」
「自由だった?」
「自由?いや。誰かに飼われていたけど。でも、素敵だった。パパやママや兄弟達がいて、時折、暖かい胸に抱かれていた。世の中は今よりずっと単純だったしね。」
「そう・・・。」

彼女が突然泣き出すから、僕はわけが分からなかった。まったく、女の子ってどうしてこうもしょっちゅう、突然泣き出すのだろう?

「何だよ?」
「分からない。」
「じゃ、泣くなよ。」
「多分、焼き餅。」
「焼き餅?」
「私の知らないあなたに。」
「馬鹿だなあ。そんなことに焼き餅やいてもしょうがないだろう?第一、僕は今はもう人間なんだし。二度とウサギに戻る気もないしさ。」
「分かってるんだけど。でも、素敵だったんでしょう?」

彼女は、泣き止まなかった。

もしかしたら、理由なんかどうでも良かったのかもしれない。女の子は、いつだって、男の首根っこつかまえて責める機会を待っているから。

僕は、うんざりして、黙って彼女の部屋を出た。

イライラした気分だけが残った。

--

次に彼女の部屋を訪ねたのは、それから三週間が経っていた。もう、喧嘩をした理由も忘れていたが、気まずかったのでしばらく間が開いたのだった。だが、彼女の部屋は空っぽだった。彼女はどこにもいなかった。

僕は、部屋の中を捜して、それから僕宛のメモを見つけた。

「ウサギになってきます。」

ウサギに?

僕は、そのメモを見るまで、彼女と前回交わした会話の内容すら覚えていなかったのだ。

馬鹿だなあ。

まだ、気にしてたのか。

僕は、苦笑して、その紙を丸めようとして。

でも、本当に、きみはウサギになっちゃったのかい?

--

あれから、彼女はまだ戻って来ない。

多分、素敵な白いウサギになって。今頃ニンジンを齧っているかもしれない。

僕は、最近では、休日になると、「ふれあい農場」だのに行って、放し飼いのウサギを一羽ずつ、抱いて、その目を覗き込んでみる。

きっと、彼女がウサギになってたら分かる筈だから。

ねえ。ちゃんと私を見つけてよ。

彼女は、僕のそばにいながら、ずっとそう訴えていたのに、僕ときたら。

そう。

かつて、僕はウサギだった。抱き上げてくれるやさしい手を知っていた。無邪気な瞳を向けることをためらわなかった。そんな素敵な日々を僕がちゃんと思い出せるように、彼女もウサギになっちゃったんだろうな。

それを、「馬鹿だなあ。」なんて言った僕は、本当に馬鹿だったのだ。

僕は、メモをもう一度、見る。そのメモは「探しに来て。」と言っていた。

だから、僕は探す。ちゃんと、探す。

ウサギは鳴かないから、ちゃんと目を見ないと探せない。


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