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セクサロイドは眠らない
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| 2002年07月29日(月) |
多分、ほっとしたのだと思う。これ以上は待てないというギリギリでクロが戻って来てくれたこと。僕だって、疑っていた。 |
僕は、ウサギのシロ。
旅をしている。
バッタのホップと一緒に。
どこにって?
この世の果てにあるという泉に向かって。
泉には、三つある。一つは、病気を治す泉。もう一つは、記憶を消す泉。最後の一つは、どこにでも好きな場所に行くことのできる泉。
ホップは、僕に言う。宇宙に行きたいんだ、ってね。そのために、泉の水を飲むんだって。宇宙に始めて行くことができたバッタになりたいんだって。僕は、あはは、と笑う。なんて、壮大で素敵な夢なんだろう。ホップも、得意気に笑う。こんな小さい体で精一杯跳んだって、行ける場所は知れているからね。って。
そして、僕は、病気を治したいと思っている。僕は、目が見えないから。泉は、遠い遠い場所にあって、とても辿り着くことはできないよって村のみんなが心配したけれど、僕はどうしても目を治したかった。その旅の途中、僕はホップにあった。ホップは、僕がきみの目になるよ、と言ってくれた。代わりに、僕を肩に乗せておくれとも。確かに、僕には目が必要だった。だから、僕らは、二人で旅をすることになった。
旅は楽しかった。
疲れた夜は焚き火の前で、お互いに泉の水を飲むことができた時の事を語り合った。
長い旅には、希望が必要だった。
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僕は、その敏感な耳で聞き分けることができた。僕らの後を付けてくる足音。
「誰かが僕らの後を追ってくる。」 僕は、ホップに言った。
ホップは、間もなく僕に教えてくれた。 「黒いウサギが一匹、きみの後を追い掛けて来る。」 って。
僕は、警戒しつつ、速度を変えずに旅を続けた。
どうした?
何の目的があって?
そうして、三日三晩、緊張が続いた後で、黒いウサギはついに話し掛けて来た。 「きみ達、泉の水を飲みに行くんだろう?」 って。
僕はうなずいた。
「悪いけど、立ち聞きしたんだ。」 黒いウサギは、そう言った。
「でさ。もし、そのう、良かったら、僕も一緒に連れて行ってくれないかな。」 とも、言った。
僕は、友人に相談してから返事するよ、と言った。
ホップと僕は、ごそごそ相談して、それから、返事を告げた。 「いいよ。一緒に行こう。仲間は多いほうが心強い。」 「本当に?ありがとう。」
僕らは、そうして、三人組になった。
黒いウサギはクロと名乗った。僕は、目が見えなかったけれど、クロの事は見失わなかった。だって、クロはとてもひどい匂いがしたから。何ヶ月も、体を洗ってないふうだった。
だけど、それを指摘したらクロは傷付くと思ったから、僕は何も言わなかった。
そうして、二人から三人になった僕らは、前よりはギクシャクしながら旅を続ける事になったのだった。
「ねえ。きみは、どの泉の水を望んでいるの?」 僕は、ある日、何気なくそう聞いた。
「僕は、記憶をなくす泉を。」 「記憶を?忘れたい事があるの?」 「ああ。そうさ。」 「ねえ。どんな?」
クロは、黙ってしまった。
僕は、余計なことを聞いてしまったようだ。
しばらく、僕らは黙って歩き続けた。
それから、日が暮れたので、僕らはその日眠る場所を決めて、寝床を作った。
「おやすみ。」 僕がそう言った時、クロは言った。 「ねえ。記憶をなくしたいって言ったことだけどさ。」 「うん。」 「きみにはそんな事ってある?」 「僕?うーん。そうだな。ないかな。」 「そうか。きみは幸せにここまで生きてこれたんだな。」 「それは違うけどさ。嫌なことだって、そりゃ・・・。」
そうだ。僕の母さんが死んだ日。僕の目が見えなくなった日。血の涙を流した日なら、僕にだってあった。
だけどさ。そういうの、全部忘れたいかって聞かれたら、僕は違うと答えるだろう。それでも、楽しい日々もあったから。
--
ある日、休息の時間。クロがその場を離れたタイミングでホップが僕にささやく。 「なあ。クロの事だけど。あんまり信用しないほうがいい。」 「なんで?」 「あいつの顔。見てたら分かるよ。きみには見えてないだろうから、言うんだけどさ。この旅は、きみがリーダーだ。きみが決めろよ。」
もちろん、僕は取り合わなかった。
それからニ、三日してからだった。泉の場所の地図と共に、クロがいなくなったのは。
「やっぱり。僕が言った通りだった。」 ホップはくやしがり、それに、少し怒ってるみたいだった。
「ここで、待とう。」 と、僕は言った。
「あいつ、帰って来やしないよ。」 「待とうよ。どうせ、地図がなくちゃ、僕らもどこにも行けないし。」
一週間、待った。
クロが姿を現した。
「ごめんよ。」 クロが、言う。
「クロ。お前・・・。」 ホップが言うのを制して、僕は、立ちあがった。 「ちょっと遅れた。さあ、行こう。」
変だな。僕は、感動していた。多分、ほっとしたのだと思う。これ以上は待てないというギリギリでクロが戻って来てくれたこと。僕だって、疑っていた。その僕の気持ちのあり様を試したかのように、クロが戻って来た。
そうやって、また、旅は続く。
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ついに、その泉。
「やった、やったー。」 ホップが僕の周りを跳ねている。
「さ。きみが一番に水を飲むといい。」 ホップが、僕に言った。
僕はうなずいた。
目が、治りますように。
僕は、一口。
体の中を水が巡り、僕の閉じた瞳が光を感じたので、そっと開く。
そこには、旅の仲間の心配そうな顔。
「見える。見えるよ。」 僕は急いで言った。
二人は、心底嬉しそうな顔をして見せた。
僕も、笑って応えた。
「次は、きみだ。」 僕は、クロのほうを見た。
「僕?」 「ああ。記憶をなくしたいんだろう?」 「うん・・・。」 「ただし、気をつけたほうがいい。この水を飲むと、本当に何もかもがなくなるらしい。悪い思い出だけじゃなくて、いい思い出も。それでも、きみは水を飲む?」 「・・・。」
クロは、じっと、泉を見ていた。いい思い出と悪い思い出を天秤に掛けているのだろうか。しばらく、ピクリともしなかった。
それから、目をつぶって、言った。
「いや。飲まない。」 「そう。」
僕は、クロを抱き締めた。
全部の思い出を抱き締めて行くことを決意したクロを、思い出ごと抱き締めた。
「こっちにおいでよ。」 僕は、小川に行って、それから、ゆっくりクロの体を洗った。中から綺麗な白い毛が少しずつ現われた。
「クロ、きみって・・。」 ホップが驚いて声を上げる。
綺麗になったクロは、白い毛並みの可愛らしいウサギだった。 「そうだよ。女の子さ。」
「そのままが、いい。」 僕は言った。
「何も知らない癖に。」 クロは、泣いていた。
「ぼくはきみの事を知らないけど、きみの過去の何かが、きみをとても傷付けたことは分かるよ。女の子の姿でいるのが苦痛なぐらい傷付けた事。」
「シロ、きみは最初からクロが女だって知ってたのかい?」 ホップが叫ぶ。
「うん。目が見えないほうがね、いろんなものをたくさん感じることもある。クロに触ったらさ、わざと体を汚してゴワゴワしてるのを感じた。クロの声は、本当は透き通った声なのに、わざと潰していることも。」 「全部忘れたかったよ。新しいパパがうちに来て、私にしたこと全部。男になりたいって思った。そうしたら、こんな嫌な思いをしなくて、普通の女の子のままでいられたのに・・・。」 クロは、ワーワー泣いた。
僕は、女の子になったクロを、泣き止むまで抱き締めていた。
ようやく涙が止まったクロは、しゃくりあげながら。 「だけど、旅の思い出は、忘れたくなかったんだ。」 と、言った。
ホップが拍手した。
僕は、ホップに向き直って言った。 「さて、ホップ。きみは、宇宙に行くのかい?きみは本当に、良くしてくれた。きみがいなくちゃ、僕らはここに三人でいなかっただろう。」 「いや。シロのおかげさ。」
ホップは、照れ臭そうに笑って。 「僕、行き先を変える事にした。きみたちを見てて、さ。」 「僕と、クロを?」 「うん。僕は、僕を愛してくれる素敵な子がたくさんいる場所に、行くよ。」 「そうか。」 「ずっと、バッタなんか嫌だと思ってたんだ。クロみたいにさ。自分が嫌だったんだよね。だけど、さ。きみ達見てたら、なんか急にバッタでいたくなった。バッタの女の子と、バッタ的に暮らしたくなったんだ。」 そう言うと、ホップは、水を一口。
そうして、 「じゃあな。」 と、声だけが残って。
ホップの姿は消えてしまった。
「なんだか、慌しかったね。」 クロが笑った。
ホップにも、ホップなりの傷があったのだ。僕は、旅の仲間達が傷を抱えながら、それでも乗り越えていく決意をしたことを嬉しく思った。
「これからどうする?」 僕が聞いた。
「シロと一緒に行く。」 「僕と?」 「うん。」 「なら、きみの名前、考えなくちゃね。クロっていうのは似合わない。」 「新しい名前、つけてよ。新しい私になれるように。」 「そうだね。」
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真っ白な毛をしたウサギが二匹。ふざけながら、笑いながら。そこからの旅は、ちっとも長くなかった。むしろ、時間は消え、お互いだけが残った。
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