セクサロイドは眠らない

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2002年07月27日(土) あんな夫にでも、帰って来た時には美しい自分を見せたいと、私は、今でも毎晩、腰まである長い髪の手入れを怠らない。

「もう、随分になるわねえ。」
荒れた庭に目をやりながら、義母がつぶやく。

いつものことだ。

「あっという間ですわ。アヤコも、もう、来年には小学校ですもの。」
「あんな息子でも、私にとっては可愛い子だったんですよ。」
「分かってますわ。お義父さまとお義母さまが、ここに住んでいていいっておっしゃってくださったから、私とアヤコも路頭に迷わずに済んだんですし。」
「そりゃ、そうよ。ノリユキがいなくなっても、あなたが可愛い娘なのに変わりはないし、アヤコだって、そりゃもう、私達の宝ですもの。」

そうして、涙ぐんでハンカチで目頭を押さえるのも、いつものこと。

「あなたが、ノリユキの事恨まないでいてくれるのが、私達にとって一番嬉しいことなんですよ。」
「不思議ですわ。今となっては、ノリユキさんのいいところばかり思い出してしまって。」
「アヤコが大きくなったところを見たら、さぞ喜ぶでしょうねえ。あの子、子煩悩だったから。」
「ええ。」

私も、ふと、胸がいっぱいになる。

--

夫がいなくなってから、もう、七年が経つ。もともと、子供が生まれてからは、外に女を作り、しょっちゅう家を空けていたから、最初は、また女のところだろうと思って放っておいたのだが、一ヶ月も家を空けたままとなるとおかしいということで、警察に、失踪として届けた。

ただ、成人の男であるし、不審な事件が起こったという通報もないので、結局のところ、警察も形ばかりの捜査で終わらせてしまった。

私は、生まれたばかりのアヤコと取り残されたわけだが、内心はほっとしていた。家にいれば、酒を飲んで、私の髪の毛を掴んで引きずりまわす事もあったから。

そう。私の美しい髪。

結婚前は、いつも私の髪を撫でて、「きれいだね。」と言ってくれた。長い髪がいいよ、と言うから、私は髪を切らずに、その豊かな髪を日々ブラッシングする。やはり、そこは女だと思う。あんな夫にでも、帰って来た時には美しい自分を見せたいと、私は、今でも毎晩、腰まである長い髪の手入れを怠らない。

--

「あ。おばあちゃん。来てるの?」
アヤコの声が玄関でする。

幼稚園から帰って来たのだ。

「あら。アヤちゃん。おかえり。」
義母は、顔をほころばせて、アヤコを迎える。

「おばあちゃん、あのね。アヤコね。幼稚園のプールで、ワニさん泳ぎしたんだよ。上手にできたよ。」
「まあ、そうなの?アヤちゃんはなんでも上手ねえ。」

孫見たさに、週に一度は我が家を訪れてお茶を飲んで行くけれど、私はそれを疎ましいと思ったことはない。夫がいなくなった今、アヤコの成長の様子を一緒に見守り、喜びを分かち合えるのは、義母だけだから。

「さ。アヤちゃん、お着替えね。」
私は、義母にまとわりついて離れないアヤコに、声を掛ける。

--

「ねえ。アヤちゃん、夏休み、ね。また、富山のおばあちゃんのところに行こうか。」
「やだ。富山のおばあちゃん、遠くだから、やだ。」
「そんなこと言わないで、ね。」
「アヤコ、こっちにおばあちゃんがいるから、いいよ。」
「でも、富山のおばあちゃんも寂しがってるから。」
「じゃあ、アサガオはどうするの?」

アヤコが心配しているのは、幼稚園から持って帰ったアサガオだ。

「お水やらないと、枯れちゃうよ。」
「大丈夫よ。」
「だめだめ。」

私は、少し困ってしまう。

私の母は、義母より高齢で、性格も大人しいせいで、活発なアヤコの相手をするとすぐ疲れてしまう。そのため、アヤコがなかなかなつかないのだ。

「ね。アヤちゃん。富山行くなら、アヤちゃんが欲しがってたおもちゃ買ってあげるから。」
「ほんと?」
「ええ。ほんと。」
「じゃあ、行ってもいいかなあ。」

なぜだろう。夏は、この家を離れたい。私は、いつもそんな気分で、夏になると、アヤコを連れて実家に帰る。

おもちゃを餌に子供の気持ちを操るのは良くないと思っていても、私は、とにかくどうしようもなくここが嫌になるのだ。他の季節はそうでもないのに。夏は。多分、あの人の記憶がたくさんあるから。新婚当初、まだ、夫が家にいてくれた頃、私達はよく一緒に風呂に入った。夫は私の髪をいつも丁寧に洗ってくれて。私は幸福で・・・。

そんな記憶のせいだろうか。

--

「アヤちゃん、行くよ。」

タクシーが到着したので、私は、アヤコを呼ぶ。

アサガオに水をやると言って、庭に回ったアヤコがなかなか戻って来ないので、私はイライラして、アヤコを何度も呼ぶ。

富山のおばあちゃんが、おいしいもの用意して待ってくれてるよ。

だが、アヤコは、なかなか来ない。

私は、しびれを切らして、庭に回る。

水をやっているはずのアヤコは、アサガオのそばにしゃがみ込んでいる。

「アヤちゃん、早く早く。」
「ねえ・・・。ねえ、ママ。お水やってたらね。アサガオじゃないものが生えて来たよ。」
「アサガオじゃないもの?」

その白い物は、アサガオのそばからにょっきりと飛び出していて。

よく見れば、白骨化した人間の手の・・・。

長い髪の毛が絡んでいて。

そう。女の長い髪の毛。

「ねえ。ママ。ママ?」

それは、まるで、深い土中から、長い髪をたぐりよせて地上まで這い上がって来たようにも見えて・・・。

そう。思い出した。あれは夏の日だった。私は、酔って帰って来たあの人を誘ったのだ。ねえ。髪を洗ってよと。私が上機嫌だったものだから、あの人も、意外な顔をして。それから、湯船にあの人を押し込んだ時、あの人の手が私の髪を掴んだところまでは覚えている。あの人はひどく酔っていたから、それでも、すぐ動かなくなって。それで、どうしたんだっけ・・・?

「ねえ。ママったら。」
アヤコがしきりに、私を呼んでいる。

そうだ。だから、夏は嫌いなんだ。

大嫌いなんだ。


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