セクサロイドは眠らない

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2002年07月22日(月) 新婚らしく、妻は寂しがって甘えて来るので、僕も可愛くて、夜、めずらしく頑張ってみたりした。

ろくに手入れされなかった庭は、夏の間に雑草が伸びまくってひどい状態だった。それはまるで、僕らの結婚生活みたいだ。かつては、あんなに妻に愛されていた庭なのに、それは打ち捨てられた子犬のように悲しくこちらを見つめている。

僕は、溜め息をつきながら窓を閉める。

妻は、来週出て行く。

もう、さして話し合う事もないので、今ではほとんど会話もない。二階の妻の部屋からは、荷造りの音がゴトゴトと響いて来る。

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誰が悪いって。多分、僕が悪いのだろう。妻以外の女に恋をしたのだから。大概の男は、浮気の一つや二つ、何とかなると思って始める。だが、恋のやり方は、男と女じゃ随分違う。僕が考えているより、いつも頭一つ女のほうが余計に考えているらしい。

ここまで来るのに一年掛かった。最初は、妻も別れたくないと泣いたし、僕だって、離婚せずに済むものならそうしたいと思っていた。妻の両親にも、泣かれた。だが、事態が進み始めたのは、離婚のゴタゴタのさなかに妻が仕事を始めた頃からだった。思いのほか仕事が楽しかったのか、僕と明け方まで話し合ってお互いヘトヘトになっている日でさえ、妻は仕事に行った。僕はそんな妻を見て、どこか面白くなかったのだろう。イライラした顔を見せていたと思う。妻は、そんな僕におかまいなしに、勤務時間を延ばし、食事も作らなくなった。

「どうせ、恋人のところで食べてくるんでしょう?」
妻はそう言って笑った。

僕は、何も言葉を返せなかった。

一方の恋人のリエは、僕と一緒に暮らせる事を夢見ている。

妻になにがしかの慰謝料を払ったらすっからかんになるため、妻が出て行った後の家に入ってもらうことになる。だが、せめて、カーテンやら食器やらは新しくしたいということで、休日のたびに、僕はリエの買い物に付き合ってやった。

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「じゃ、お元気で。」
「ああ。きみもな。」

それが、我々の夫婦としての最後の会話だった。

久しぶりに見てみれば、庭も随分とすっきり手入れされていた。雑草はきれいに刈り取られて、そこはガランと何もない場所になっていた。あれだけ、花を愛し、庭を愛していた妻の気持ちを思うと、胸が痛む。

妻の軽自動車が音を立てて走り去ると、僕は、部屋に戻って、空っぽになった妻の部屋に寝転んで、天井を見つめる。

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翌月、リエが越して来た。せめて、近所の目を考えて半年待ってくれと頼んだが、もう待てない、と言うのだ。「もう、さんざん待ったわ。」と言って泣くから、僕は、彼女を抱き締めて「じゃあ、おいで。」と言うしかなかった。

リエは、またたく間に、家の中を自分の趣味で飾り立てた。トイレに行けば、花柄のトイレットペーパーが待ち構えているような、そんな家に。

そうだ。前の妻の痕跡を消そうと必死になっているみたいだった。

最初の頃は、些細な喧嘩が絶えなかった。ちょっとした、やり方の問題で、いちいちリエは傷付く。僕が、前の妻との間で自然に役割分担していたのに忠実に、ゴミ収集日の前日にゴミを出す準備を始めると、そこで急に泣き出す。「そんな事、私がやるのに。」と言われて初めて、僕はリエがそんな事にさえ前の妻の影を見つけてしまうのかと驚く。

リエは、最初から二人でルールを決めて行きたがった。

僕は精一杯合わせた。

それでも、時折、いろんなことが気に障るようで、最初の年、僕らの生活の中で、リエはよく泣いた。

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それから、春が来て。

もう、トイレットペーパーは、無地のシングルペーパーになった頃。

僕らは、ようやく、落ち着き始めていた。

そんなある日、僕が二週間程の出張に出ることになった。

それでも、まだ一年経っていない新婚らしく、妻は寂しがって甘えて来るので、僕も可愛くて、夜、めずらしく頑張ってみたりした。

朝、玄関で交わすキスも、昨夜の余韻が残っていたせいで、少し長いものだった。

「じゃ。行って来るよ。」
「うん。」

家を離れてホテルに泊まるのも、たまにはいいもので。僕は、仕事が終わると、同僚と深夜まで飲んで、ホテルのベッドに倒れ込む。そんな自堕落な夜を楽しんだりもした。

そんなある日。

リエからホテルに電話があった。

リエが電話の向こうで泣き叫んでいる。

「どうした?」
僕は、驚いて飛び起きる。

「ねえ。あなた、花が。」
「花?」
「お庭に。」
「落ちついて話しなさい。」

よく聞けば、僕の不在の間に、庭一面に黄色のチューリップが咲き始めたと言う。

なんだ、そんな事か、と僕は笑う。

黄色は、前の妻が好きだった色だ。

「だからよ。だから、我慢できないのよ。あの人、最初から分かってて、花を植えて出てったのよ。なんてことなの。あなたから、お金もらっただけじゃ足らなくて、私達の生活をめちゃくちゃにしようと企んでたのよ。」

まさか。大袈裟な。

笑い飛ばすには、電話の向こうの声はあまりにも真剣で。

僕は、電話のこちら側で、必死になだめるふりをする。

出て行った女が時間を掛けて残そうとしたメッセージも、目の前の女の狂わんばかりの嫉妬も。

僕にはどちらも可愛らしくて。

さて、帰ったらひと騒動だと思いながら、口先だけの言葉を吐き続ける。


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