セクサロイドは眠らない

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2002年07月23日(火) 「わからない。」と言うと、「正直なのね。」と、笑って。それから、少し崩れかけた乳房を毛布で隠して、僕にサヨナラって言う。

最後に死ぬ時は、幸福そうに笑っていたらいい。そんな、青空。

--

僕は、ずっと信じていた。「僕だけのきみ」「きみだけの僕」。運命のその人に出会えることを、ずっと信じていた。だから、その相手と、いつか巡り会うまで、僕は誰とも、何かを約束することなく生きて行こうと誓っていた。

僕は、ちょっと女の子にもてる。だから、本当は、その誓いを守るのは、わりと大変だった。

たとえば、女の子と寝る。女の子は、
「ねえ、明日も会える?」
って、訊く。

僕は、
「わからない。」
と、答える。

女の子は、遊びだったのね、と泣き出す。

僕は、女の子を抱き締めて、「遊びじゃないよ。」と慰めるけど、決してそれ以上の事は言えない。だって、きみじゃないもの、って思う。

そうやって、約束しない、というのは、結構辛い。やってみるといい。その時だけの口当たりのいい言葉を言わないというのは、男としては案外と辛い。いつも、自分ばかりが相手を傷付けている気分になる。実際そうなんだろうけど。

そうして、結局、僕は、約束を欲しがらない、少し年上の人妻とばかり付き合うようになる。

彼女達は、快楽に対して正直で、そうして、僕に誓いの言葉を言わせない。

「明日も来る?」
って言うから、
「わからない。」
と言うと、
「正直なのね。」
と、笑って。それから、少し崩れかけた乳房を毛布で隠して、僕にサヨナラって言う。

--

そうして、世間は、僕に対してあきれて見せ、僕も僕自身にあきれ始めた頃に。

その人に出会う。

長い髪。白い肌。道端にしゃがみ込んで、じっと、舌を出してハァハァと喘ぐ子犬を見ている女の子を見つける。

「どうしたの?」
「犬。助けてあげて。」
「いいけど。」
「多分、暑いせいよ。お水飲ませてあげて。」
「うん。」

僕は、答えながらも、女の子から目が離せない。体全体の色が薄く、今にも夏の陽射しに消え入りそうに見えたから。

「きみも、気分悪そうだよ。うちに来る?」
「ええ。あなたが構わなければ。」

僕は犬を抱き上げ、歩き始める。彼女は黙って僕の後を歩く。

エアコンをつけた部屋で、彼女は少し落ちついたような顔で、僕が犬に水をやっている様子を見ている。

僕は、さっきからドキドキしていた。彼女だ。僕の運命の人は。だけど、どうやって切り出せば?会った日にいきなり、「きみは僕の運命の人ですね。」なんて言うのは、やっぱり変だろう。

「ねえ。名前、聞いてもいい?」
「ユキンコ。」
「ユキンコ?」
「変?雪の子供を、人はそう呼ぶのでしょう?」
「きみは、雪の子供なの?」
「さあ。雪女とも言うのかもしれない。」

彼女のユーモアのセンスは、良くわからないけど。僕は、曖昧に笑って見せる。

「ねえ。笑わないで。私、本当に雪女なんだから。」
「じゃ、夏の陽射しに溶けたりするわけ?」
「そうじゃなくて。触った物が全部凍っちゃうの。だから、さっき、子犬を見つけたけど、抱くことができなかったのよ。」
「ふうん。」
「信じてないわね?」
彼女は、そう言って、花瓶に生けてある花に指を触れる。その瞬間、花は凍ってハラハラと崩れた。

「ね?」
「すごい・・・。」
「昨日、山からおりて来たの。」
「何しに?」
「笑わない?」
「笑わない。」
「運命の相手を探しに。」

僕は、笑い出す。彼女も、つられて笑う。

それから、僕達は、一緒に暮らし始めた。

--

「最近、付き合いが悪いのね。」
と友人達に言われても、僕は、黙って笑っている。

ユキンコは、僕の部屋で今日も僕の帰りを待っているから。

僕達は、抱き合えない。まだ、口づけを交わした事もない。だけど、幸福だった。

僕らは、時折、こんな会話をする。
「ねえ。あなたが先に死んだら、私、あなたを氷漬けにして、いつまでもそばに置いて眺めるわ。」
「へえ・・・。ちょっとぞっとするな。」
「だって、ようやく会えたんですもの。ずっと、あなたを探してたのよ。」
「じゃ、きみが先に死んだら、どうして欲しい?」
「私は、きっと先に死んだりしないわ。私達のような雪女が死ぬなんて、想像できない。」
「でも、いつか、死ぬ。」
「あなたは?私が死ぬ時は、どうしたい?」
「わからない。ただ、最後、死ぬ時にきみが幸福な顔をしていたら、素敵だと思う。」

そんな事を言うのも、どこか、僕らは終わりを見ているカップルだったからだろうし。だからこそ、今の幸福を強く意識していた。

--

今年の夏は、暑い。

さすがにユキンコは、暑さでぐったりしている。一歩も外に出ずに、エアコンを最強にして、部屋でうずくまって、僕の帰りを待っている。少しずつ、元気を失い、僕との愛以外は、いろんなものに興味を失くしていっている。

僕は、心配で、何とかしてやりたいと思う。

「ねえ。僕、夏のボーナスが結構残ってるんだ。だから、旅行しないか?」
「旅行?」
「きみの故郷に。」

ユキンコの顔が、パッと嬉しそうに輝く。

「いいの?」
「ああ。当たり前だよ。」
「嬉しい。」

僕も、嬉しい。ユキンコが元気を取り戻してくれて、嬉しい。

「ね。行こう。」
「今、すぐ?」
「うん。」
「わかった。じゃ、今から行こう。」

そうだ。僕らは、愛を先延ばしする必要はない。

僕は、ユキンコの笑顔を見られるなら、今すぐ、地獄巡りにだって行ってやる。

僕らは、暑い暑い夏の陽の下に飛び出す。

暑い。確かに、とても。確か、ラジオはこの夏最高の暑さだと言っていた。気温30度を超すとも。ユキンコだって、これじゃ、故郷が恋しくなるだろう。

だが、暑いにも関わらず、ユキンコは、最高の笑顔を浮かべていた。

「あ。そうだ。待ってて。」
僕は、家に戻ると、カメラを取って来る。

僕はきみを氷漬けにはできないけど、この小さな箱できみの笑顔を永遠に残せる。

僕は、その笑顔を取っておこうと思った。

そうして、
「お待たせ。」
と、ユキンコのほうに向き直ったけれど。

そこには誰もいない。

ユキンコの麦わら帽子が落ちているだけ。

いなくなった?

僕は、慌てて、辺りを探す。ふざけて隠れているなら、出て来ておくれ。だけど、誰の返事もしない。

ユキンコがいた場所から、蒸気が立ち昇り、一瞬虹が見えたように思ったけれど。

それも、幻かもしれない。

やっぱり、暑いの駄目だったんだね。

でも、僕の中に最後に僕の心に刻まれた笑顔は、最高で。

最後に、きみが笑ってたらいい。

それだけで、いい。


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