セクサロイドは眠らない

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2002年07月19日(金) 変わらない手順。なつかしい喘ぎ声。胸元のほくろも小さな耳たぶも同じ。だけど、彼女は少しだけ上の空。

携帯電話が鳴ったので、ディスプレイを見る。

なつかしい名前。

何ヶ月ぶりだろうか。ずっと前に別れた女の子。

「どうしたの?」
「ねえ。今夜、暇?」
「ああ。少し遅い時間なら、大丈夫だけど?」
「会いたいの。」
「いいよ。」

僕は、突然どうしたの、とも聞かず。彼女も何も言わない。

「どうして別れたの?すごくお似合いだったのに。」
と、時々、僕らのことを知っている人が訊ねるたびに。

「さあ。どうしてだろう。よくわからないけど、ふられたんだよね。」
僕は、曖昧に笑うのだった。

本当は、もうちょっと理由を知っている。僕と付き合ってると疲れるんだって。今まで付き合った女の子達はみんな口を揃えてそう言ったものだ。そうかな?そんなに疲れるかな?だって、いつだって女の子に合わせて来た。女の子がディズニーシーに行きたいと言えば連れて行ったし、まだ帰りたくないと車でゴネたら朝まで腕枕してあげたし。女の子が観たいといえば、アクション映画じゃなくて、恋愛映画選んだし。

そういうのが、良くないんだって。

何考えてるか、分からないんだって。

女の子は、いつの間にか、一人相撲を取っている気分になってしまうって。

彼女達の何人かは、浮気もした。

その事が僕にばれた時は、さすがに僕だって見過ごせなかったから。

「どうしてそんなことしたの?」
と訊いた。

すると女の子達は泣きながら、
「あなたが悪いのよ。」
って言う。

「浮気したのはきみなのに、どうして僕が悪いの?」
って訊ねたら、
「だって、あなたといると寂しいの。寂しくてどうしようもなくなるの。」
なんて言われて。

結局、僕のせいみたいだから、僕は彼女を責められなくて、そうして、結局は終わりを迎える。

その繰り返し。

--

ラウンジのスツールに腰掛けている彼女は、背中の開いた服を着ていて、とてもセクシーだ。艶やかな髪は、計算されたボリュームで、やわらかくうねって肩に落ちている。

「早いね。」
「うん。」
「いきなりだから、驚いたよ。」
「ごめんなさいね。なんだか、ね。急にどうしても会いたくなって。」
「いいんだ。嬉しいから。」
「ごめんね。私から別れるって言っておきながら、都合良過ぎるよね。」
「まさか。僕を思い出してくれるだけで嬉しいよ。」

彼女は、顔を伏せて。
「やっぱり、変わってない。そういうとこ。」
と言う。

「そういうとこって?」
「耳障りのいい事ばかり言うところ。」

僕は、少し傷付く。

僕も、彼女も、そこではあまり飲まなかった。ただ、彼女はとりとめのない話を。ぐるぐると。思い出す。彼女が、僕に言いたいことが言えない時、空いたグラスを両手の中でくるくると回す癖。

随分と迷った挙句、
「行きましょう。」
と、彼女は突然立ち上がった。

それから、僕らは、以前付き合っていた頃と同じように、ホテルの一室で抱き合った。

変わらない手順。なつかしい喘ぎ声。胸元のほくろも小さな耳たぶも同じ。だけど、彼女は少しだけ上の空。

「ねえ。私、結婚するの。」
「うん。」
「知ってたの?」
「いや。今、初めて聞いたよ。」
「全然驚かないのね。」
「何となく、分かってたんだと思う。」
「そっか・・・。」
「寂しくなるよ。」
「嘘ばっかり。もっと驚いてくれるかと思った。ショックで取り乱してくれたらいいのに、とか、ちょっと思ってたの。だけど、あなたは、やっぱりそういう人なのよね。」
「・・・。」
「ねえ。今、恋人いるの?」
「いるよ。」
「だけど、私が呼んだらこうやって来てくれるんだ?」
「そうだね。」
「彼女に悪いと思わないの?」
「どうかな。少し悪いかもしれない。」
「彼女に言う?今夜の事。」
「訊かれた言うかもしれない。でも、多分、言わない。」

僕は、彼女のほっそりした体を、指でなぞる。

「ねえ。私が結婚するって聞いて、勿体無いと思った?」
「そりゃ、そうだ。男は、誰だって昔の恋人が結婚するとなったら、穏やかじゃないと思うよ。」
「だけど、さらってはくれないのね。」
「さらって欲しいの?」
「ちょっとだけ。」
「正直だなあ。」
「ええ。多分、今は幸福だから正直になれるのよ。見栄を張る必要もないし。あなたと付き合ってる時、私、みっともなかった。精一杯背伸びして、見栄張って。そうじゃないと、自分がみじめでみじめでしょうがなかったの。」
「そうだったんだ?」

僕は、今日彼女が僕を呼び出した理由を知っている。

女の子は、結婚を目前に控えて、ちょっとだけ不安なのだ。

多分、彼女の恋人は彼女の事を一途に愛する男なのだろう。だからこそ、少しだけよそ見をしたくなるようだ。

「ねえ。本当に本当に大好きだったのよ。」
「知ってたよ。」
「ひどいわね。」
「でも、今は幸福なんだろう?」
「うん。多分。」

僕は知っている。この感じ。

「そろそろ、帰るわ。」
彼女が時計を気にして、下着を着け始める。多分、恋人が夜電話をしてくるのだろう。

「ああ。」
僕も慌てて、服を着る。

--

「じゃあ、ね。」
「うん。元気で。」

僕は、最後に口づけを。それは、彼女が幸福になるための一歩を後押しする口づけ。

一瞬、激しい後悔が、押し寄せる。

今、きみをさらったなら、きみは僕の元へ来てくれるとでも?

もちろん、その台詞は、今言うには遅過ぎる。そんな言葉を口にする妄想を飲み込んで、僕は、きみがタクシーに乗り込むのを見届ける。


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