セクサロイドは眠らない

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2002年07月16日(火) 「私ね。愛される事だけじゃなくて、愛する勇気も知ってるから、自由なのよ。」と、僕に微笑んでみせるから、僕はちょっと安心して。

チクタク、チクタク。

振り子時計が時を刻む音が鳴り響く部屋で。

気が付くと、僕は、汗だくになってウサギの着ぐるみをゴソゴソと脱いでいる。

チクタク、チクタク。

目の前に年老いたウサギが一匹いる。老眼鏡を掛けていて、何やらひっきりなしに書いたり、スタンプを押したりしている。そうして、できた手紙の束をとんとんとそろえて、輪ゴムで留めると、
「はい。次。」
と言って、僕のほうに放り投げる。

「すいません。ちょっと休ませてください。」
僕は、荒い息のままで答える。

「駄目だ。」
老ウサギは、こちらをジロリと睨む。

「時間がない。」
そう言われて、僕はシブシブ立ち上がり、手紙の束を拾うと、肩から掛けたカバンに入れて部屋を出る。

「おい。そのままの格好はまずいぞ。」

そう言われて、僕は、慌てて、ウサギの着ぐるみを着て、それから再び部屋を出る。

--

暑い。

倒れそうだ。

それなのに、僕は何でこんなところでウサギの着ぐるみを着て、歩いてるんだ。

僕は、一通手紙を取り出す。

おじいちゃんから孫に当てたらしき手紙。

僕は、孫ウサギのところへ急ぐ。思い出したのだ。孫ウサギが入院していること。孫ウサギは、喘息で入院していて、今日の野球の試合にも出られないのだった。もっとも、試合といっても、レギュラーにはなれない。いつも、肝心なところで発作を起こしてしまうから。たとえば、ここでどうしても打たないと、という場面で打席に立つと、コンコンと咳が出て。そうして止まらなくなってしまう。

だから、それなりには足も早い孫ウサギなのに、いつまで経ってもベンチで仲間を応援するばかり。

そして、とうとう、今日が試合という時に大きな発作を起こしてしまい、昨晩から入院しているのだ。

僕が病室に入って行くと、孫ウサギが顔を上げる。手には、点滴の管が繋がっている。

「やあ。」
僕は、手を上げて、ニッコリとしてみせる。ま、このウサギの着ぐるみは、いつだって激しくニッコリしているので、僕が着ぐるみの下でどんな表情をしていても、いつだって結果的に笑っているわけだけど。

孫ウサギは、不審そうに僕を見ている。

「僕は、郵便屋だ。」

孫ウサギはうなずく。

「おじいさんウサギからの手紙を運んで来たよ。」

孫ウサギは僕から手紙を受け取る。それから、不器用に封を切る。

孫ウサギは、それをじっと読んでいた。随分と長い時間掛けて、じっと。

僕は、その手紙に何と書いてあるか気になってしょうがない。

孫ウサギは、何度も何度も読み返した後、顔を上げて、
「ありがとう。」
と、小さな声でつぶやいた。

「どういたしまして。」
僕は、そう言うと、立ち上がる。

「おじいちゃんには、明日返事書くって言っておいて。」
「ああ。分かった。」
「おじいちゃんは、足が悪いんだ。だから・・・。」
「うん。伝えておくよ。きみが心配してたって。」
「ありがとう。」
「お母さんは?」
「ママは、また夕方来るって。僕が一晩中咳込んでたから、すっかり疲れちゃったみたい。家に帰って少し休んで来る筈だよ。」
「そうか。」
「うち、パパがいないから。」
「うん。」
「ママ、仕事もしてるし。」
「そりゃ、大変だ。」

ベッドに広がる折り紙。12色のサインペン。スケッチブック。

「絵は好き?」
「うん。」

僕は、病室を出る。何となく、胸がつまる気がして、僕は小さく息を吐く。お互いを思いやる気持ちが、おじいさんと孫と母親の間をゆっくりと流れているのを感じたから。

--

次の手紙は、少し寂しい顔をしたウサギの元へ。美しい赤い目が素敵だ。僕から手紙を受け取ると、
「待ってたの。」
と、微笑む。

封を切ると、そこには異国の美しい「しおり」が一枚。手紙も何も入っていない。

「ね。素敵でしょう?」
僕に見せて、本当に嬉しそうに笑うから。

「素敵ですね。」
と、答えずにはいられない。

「毎年ね。こうやって送ってくれるの。ね。ちょっと見てくれる?」
そう言って、取り出したアルバムには、異国の絵ハガキや、あれこれが。

最初のうちこそ、頻繁に送られて来たようだが、最近では一年に一度ほど。それがもう、六年分も。

「何度も何度も見るのよ。」
「手紙はないんですね。」
「ええ。あの人、手紙は苦手みたいね。」
「ちょっと寂しいな。」
「何も書かれてないから、いいのよ。でもいいの。あの人が私のためにこれを選んで、封筒に入れるところを想像してみるだけで、幸福なの。後の364日のあの人の事を想像する楽しみも。」
「寂しくないんですか?」
「そうねえ。寂しいけれど、私には待つ喜びがあるわ。」

それから、美しいウサギは、宝石箱から出したぶ厚い手紙の束を。

「これを。運んでちょうだい。」
その手紙の束は、受け取った者の心を少し重くするだろう。

「いつも、ごめんなさいね。」
「いいんです。」

美しいウサギは、玄関まで僕を見送ってくれる。

いや。見送っているのは、僕ではなくて、手紙の束達。

私の代わりに、あの人の元へ届いてちょうだいという願い。

ずっと待つ勇気は、どこから?と、訊ね掛けて。言えない言葉を飲み込む。

「私ね。愛される事だけじゃなくて、愛する勇気も知ってるから、自由なのよ。」
と、僕に微笑んでみせるから、僕はちょっと安心して。

愛する勇気って、何だろう。

そんな事を思いながら次の配達先に。

--

「ご苦労。」
部屋に戻ると、老ウサギが老眼鏡越しに僕を見る。

僕は、空のカバンを下すと、腰掛ける。

「何やら、いい顔をしておるな。」
僕はまだ、ウサギの着ぐるみを着たままなのに。老ウサギは、そんな僕を見て、ニヤリと笑う。

「ええ。まあ。」

老ウサギはすぐまた、視線を机に戻すと、せっせと何やらサインしたり、スタンプを押したり。

「休む暇はないぞ。あいつらは、組織的に動いておる。こっちは、手作業だ。だが、この際、勝ち目について考えてはいけない。考える暇があったら、働け。」

僕はうなずく。

--

「ねえ。すごい汗よ。」
僕は、その声で目を覚ます。

「エアコン、買いなさいよ。この部屋、ひどいわ。」
タンクトップすがたの彼女が、むくれた顔で言う。

「よくこんな部屋で寝るわね。」
と、窓を開けながら、彼女は言う。

僕はボンヤリとした顔で。

「いつも、ありがとう。」
なんて間抜けな声で言う僕に、

「何言ってるのよ。」
と、笑う彼女。

「ねえ。誰かが誰かを想う気持ちは、いつも、地球の上をぐるぐる回ってるんだ。」

僕は、僕で、目の前の幸福が嬉しくて、彼女の手を引き寄せると、その柔らかな体を抱き締める。

「ほんと、おかしいわよ。あなた。」
「おかしいかな。」

目を閉じる。

老ウサギがトントンと、スタンプを押す音。急がないと、あいつらがやって来て、僕らの言えない言葉を食べてしまうから。だから・・・。

僕は彼女に口づける。


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