セクサロイドは眠らない

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2002年07月13日(土) むしろ、ささやくような声に変わって。いい雰囲気だ。ねえ。このまま。と、僕は、ユキのスカートに手を入れて・・・。

僕とユキは、付き合って一年半だ。

半年目から同棲を始めて、今のところうまくいっていると思う。そんなに大きな喧嘩も、まだ、ないし。僕は、割と料理が好きだから、食事は僕の担当で。そんなところも、うまくいっている要因かもしれない。

そんな時、彼女から急に持ち出された話。

彼女の友達が住んでいる場所を追い出されたので、一ヶ月ほど居候させてあげたい、とのこと。

「なんだって?」
「だからさあ。お願いよ。」
「そうは言っても。なあ。うち、狭いだろ。」
「そうなんだけど。ね。お願い。」

ユキは、真剣な顔で僕にせがむ。

僕は困惑するけれど。

そういうところも彼女の良い所なんだけどね。誰のことだって絶対にないがしろにしたりしない。どんな小さな子供としゃべる時でも、きちんと目を合わせて、本当に大切な人と話をしているような表情で会話する。そういう人だから、みんな彼女を好きになるのだ。

「ま、いいけどさあ・・・。その友達っていう人に寝てもらう部屋、一つ空けないとね。」
「それは私がやるから。」
「じゃ、いいよ。」

僕は、半分あきらめた口調で言う。

「ありがとう。」
ユキは心の底から嬉しそうな顔をする。

この笑顔が見たくて、僕を含め、彼女の周囲にいる人間は彼女に手を貸したくなるのだ。もちろん、彼女から得るものはもっと大きいけれどね。

--

明日、到着するという。

僕は、不安な気持ち。小さな黒雲が、僕の心に宿る。

三という数字が良くないんだよね。きっと。三人てのが、良くない。

考えてもみてよ。一人は、あとの二人の心配をしないといけなくなる。

たとえば、僕は、女二人の画策を不安に思うかもしれない。ユキは、僕と友人の女性の浮気を心配しなくてはいけなくなるかもしれない。その友人の女性は、はなから僕らカップルの事を考えてくれているかどうか分からないけれどもね。

そんな僕の不安を見抜いたように、ユキは微笑む。
「ね。信じてるわ。」

僕は曖昧に笑い返す。

信じてるわ。

か・・・。

--

友人のチエという女の子は、やたらに大きな荷物と一緒に到着した。

「お世話になります。ごめんね。」
僕と彼女に頭を下げた彼女は、照れ笑いのような顔を浮かべていた。

「待ってたのよ。すごい荷物ね。」
彼女は微笑んで、チエのために用意した部屋へ招く。

「うわ。素敵な部屋。いいの?」
「ええ。いいのよ。その代わり、一ヶ月したら出てってもらうからね。」
「うん。それまでに部屋探すからさ。」

そうして、僕達三人の落ち着きのない共同生活が始まった。

--

チエという女の子は。なんていうかな。だらしない子だった。冷蔵庫から出したものは出しっ放しでキッチンのテーブルに置かれたままになってるし。時々、バスルームに下着を置きっ放しにしてるから、そのたびに僕はユキに頼んで片付けてもらわなければならなかった。

僕は、次第にストレスを溜めるようになっていたが、そんな僕を見て、ユキは
「子供がいると思えばいいのよ。大きな子供がね。」
と、笑っていた。

「そりゃ無理な相談だよ。」
僕は、くさくさして答える。

「悪いと思ってるわ。」
「いいけどさ。」
僕は、キッチンで洗い物をしているユキを背後から抱き締める。それから、そっとユキの太腿に手を滑らせて、ゆっくりと撫でる。

「やだ。チエが帰って来たらどうするのよ。」
「大丈夫だよ。」
「駄目ったら。」
「もう、随分こういう事してないだろう?」
「しょうがないじゃない。一ヶ月だけの辛抱よ。お願い。」

彼女の声は、それでも、そんなに不愉快そうじゃなくて、むしろ、ささやくような声に変わって。いい雰囲気だ。ねえ。このまま。と、僕は、ユキのスカートに手を入れて・・・。

その時、玄関のほうで派手な音がするから、僕らは慌てて飛び出した。

そこにはチエが、いて。
「あはは。転んじゃった。」
って、笑ってたから。

僕は、せっかくのムードをぶち壊しにされて、気分を害してしまったのだけれども。チエの目が赤くなって、泣いている風に見えたから、とがめることもできないで。僕の欲情は、行き場を失って宙に浮く。

チエは、慌てて自分の部屋に飛び込む。

僕らは苦笑して顔を合わせる。そうだ。大きな子供、だよね。

--

ユキは、その日遅くなると言った。職場の飲み会があるのだ。

僕は、一人、キッチンでワインを飲みながら軽く食べられるものを作る。キュウリとチーズを重ねてスティックに刺したりとか、そんな簡単なものばかりだけど。

その時、チエが相当に泥酔して帰って来た。

「お水、もらうね。」
と、言うので。

僕は、グラスに注いだ水を渡す。

「ありがとう。」
チエはゴクゴクと音を立てて。僕は、チエの唇からこぼれた水滴が、彼女の喉を伝わって落ちるのになぜか見惚れていた。

チエはキッチンの椅子に座って、僕が酒のつまみを作るところをボンヤリ見てる。

「ね。上手ね。」
「そうじゃない。丁寧なだけだよ。やってることは簡単なことだもの。」
「私には無理だな。見ての通り、大雑把な人間だしね。」
「やってみようとしないだけだろ?」
「そうかも。」
「それより、さ。最近、ちょっと飲み過ぎじゃないかな。」
「そう?」
「いや。あまりきみの事に口挟むの良くないとは思うんだけどね。」
「気になるよね。飲んだくれが家にいたら。」
「心配してるんだよ。」
「心配?」
「そりゃ、そうだろ。一緒にいる時間が長ければ、お互い、いろいろ気になるもんだし。」
僕は、食べ物の乗った皿をテーブルに運ぶと、座って。ワインを注ぎ足す。

「心配・・・、かあ。」
その言葉を確かめるように、彼女は繰り返して。

それから、ふいに泣き出すから。

僕はとまどって、目をそらす。

「誰も心配してくれてないと思ってた。世界でたった一人ぼっちだと思ってたの。」
「なんでそんな風に?ユキだって・・・。」
「そうだけど。だけど、あなたにはユキがいて、ユキにはあなたがいるじゃない?私は一人なんだもの。たった一人。あなた達のそばにいて、余計一人なんだもの。」

彼女の泣き方は、本当に大きな子供のようで。涙をポロポロこぼして、しゃくりあげて泣くから。

僕はつい手を伸ばさずにいられない。

「泣くなよ。泣かれると困るんだよね。」
僕は、チエを胸に抱いて。

チエは、僕の胸に顔をうずめたまま、ワーワーと大声で泣いて。

すごく長い時間そうしていた。随分と落ち着いたのか、チエは、顔を上げると、僕に照れ笑いを見せて。僕は彼女の唇に軽いキスを。しょっぱい涙の味がした。それは、なんて説明すればいいのかな。泣いた子供の口に、飴玉を入れてあげる母親の気持ちに似ているのかもしれない。

その時。

キッチンのドアがカタリと音を立てた。

僕らは顔を上げて、そちらを見た。

ユキが立っていた。

「ひどい・・・。」
その顔は青ざめていて。

違うんだ。

そう答えようとした時には、もう、ユキは背を向けて、走り去るところだった。

--

「もう、行くの?」
「ええ。三時に運送屋が来るのよ。」
「寂しくなる。」
「私も。」
「でも、どうにもならないんだろう?」
「ええ。どうにもならないの。ごめんなさいね。一旦失ったものは、私にはどうしようもなかったの。でも、あなたを責めてるんじゃないわ。」

ユキは、立ち上がる。

僕は、もう、それ以上言う言葉もなくて。

「じゃあな。きみなら、大丈夫だ。」
「あなたも。」

そう。僕らは、大人だもの。

だけど。

ああ。何が悪かったのだろう。

そうだ。

辿ってみれば、「信じてるの。」ときみが言った時。

僕は、信じるなよ、と言ってみれば良かった。

だって、愛は、信じるものじゃなくて、そこに湖のようにあって。

ほんの小さな小石を投げ込んだだけでも、波紋が広がるほどに揺らめき易いのだから。

僕らは愛を試しちゃいけなかった。


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