セクサロイドは眠らない

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2002年07月12日(金) あなたと別れるのは悲しいけど。でも、多分、もう駄目。私は、行ったら行ったきりで、戻る道を忘れちゃうのよ。

サエコは夢見るような顔つきで。

向かい合ってランチを食べている友人がからかう。
「誰よ。教えなさいよ。」

サエコは、ふふ、と笑って。
「だめよ。」

「あ。もしかして、妻子持ち?」
「まあ、ね。」
「やめときなさいよ。面倒なことになるわよ。」
「駄目よ。もう、始まっちゃったんだもの。」

そう。今更、どうやったらやめられるというんだろう。時速300kmで走っている新幹線から飛び降りるようなものじゃない。そんなことしたら、あたし死んじゃうわ。

だからって?いいの?

うーん。分からない。

サエコは、鏡に向かって口紅を引き直す。

--

「ただいま。」
「おかえり。早いのね。」
生まれて間がない息子を抱いて、妻が玄関まで出迎える。

「ああ。会議がなかったんでね。」
「そう。お夕飯、すぐに食べるでしょう?」
「そうだな。」
「カイくん、パパにおかえりーって。」

良かった。妻は気付いてない。僕は、その事実に安堵して、上着を脱ぐ。

暖かい家庭。

そうして、僕は、胸がチクリと痛むのだけれど。箸を動かしながらも、サエコの何気ない言葉を頭の中で反芻していたりする。

「・・・ね?」
「ん?」
まずい。妻が何か言っていたのだが、上の空だった。

「やあね。夏季休暇の事よ。そろそろ予約取らなくちゃね。って言ったの。」
「ああ。そうか。そうだなあ。」
「カイも、初めてのお出かけになるでしょう?だから、赤ちゃんでも泊まれるところを予約したほうがいいと思うの。」
「そうか。」
「ね。予定通り休めるんでしょう?」
「うん・・・。多分。ああ。でも、無理かな。」
「なんだ。そうなの?」
「いや。まだ、分からないって。」
「いいわよ。とりあえず、キャンセルするにしても予約取っておくわね。」
「頼むよ。」

ああ。そうか。夏季休暇か。家族で旅行となると、サエコとも連絡が取れない。それはなんだか、嫌だな。

と思う一方で。

あまりに聞き分けがいい妻に申し訳なく思う。

--

始まってしまったのは、妻がお産で入院している時だ。それが一番いけない。

僕は、たまたまその日は仕事で遅くなるので、見舞いのほうは妻の両親に頼んで、僕は残業していた。

その時、同じフロアのサエコと、一服しながらしゃべったんだ。それがとても楽しくて、仕事が終わってから、一杯飲もうかっていう話になって。

それで。

楽しかった。笑ってばかりいた。話題が豊富な彼女に全部委ねて、僕は気持ち良く酔っているだけで良くて。

「ねえ。奥さんってどんな人?」
「うーん。冷静な人だよ。余計なことは言わなくて、だけど、やることはちゃんとやるってタイプかな。家の事は安心して任せてられる。」
「ふうん。そういうのって、ずるい。」
「ずるい?」
「うん。まかせっきりのあなたも、言わない彼女もずるいよ。」
「そうかもしれないけど。とにかく彼女は素敵な人だよ。」
「つまんないの。結局、私以外の女の人が愛されてるんだわ。」
そういって、彼女は笑って、僕の肩に手を回して、口づけて来る。

それから、彼女の部屋に行って。

頭では分かっていたのだけど。良くないと分かっていたのだけど。

--

妻は、旅行の用意をしている。

僕は、「ちょっと出てくる。」と言って、サエコに電話をかけに出る。

妻は、微笑んで僕を送り出す。

何も知らない、妻。薄汚れた、僕。

--

あっけない終わりだった。

一年続いた後、サエコは会社を辞め、海外へ行くと言い出したのだ。

「なんでだよ?それでいいの?僕、きみが望むなら、離婚して・・・。」
「違うのよ。」
「じゃ、何?僕達、離れられるの?」
「だから。抑えられないの。もっといろんなところを見たいって思って。年に一回、旅行とか行くぐらいじゃ駄目なのね。いろんな国へ行って、内側から触れてみたいの。」
「分かったよ。じゃあ、帰って来たら、連絡して。」
「ううん。それも無理。きっと私のことだから、あなたを忘れちゃう。」

なんだ?それ?

なんで忘れられるわけ?

肌を合わせている間も、ずっともっと、肌の奥の、お互いにしか触れない場所で触れ合おうと。いつもそんな風にきみを抱いてきたのに。

「ごめんね。分からない。私ってこういう人間だから。そりゃ、あなたと別れるのは悲しいけど。でも、多分、もう駄目。私は、行ったら行ったきりで、戻る道を忘れちゃうのよ。」

分からないけど。

そんなもの、分かりたくもないけれど。

でも、いつも、片道切符だけ持って慌てて電車に飛び乗るような女の子だと分かっているから、僕はあきらめて。

最後のキスは、きみの心に近寄り過ぎないように、そっとおでこに。

--

「どうしたの?」
聞かれて、僕は、初めて自分が泣いていることに気付いた。

「あれ。どうしたんだろうな。」
僕は、泣いている自分にうろたえて。

「なんだろう。おかしいな。」
妻の冷ややかな視線なんか、どうでも良くて。

その時、妻が微笑んだのを、僕は見た。

「やっと戻って来てくれたんだ。」
妻は、確かにそうつぶやいた。

勝ち誇ったように輝いた顔を見て、僕はその事に気付く。

「まさか。ずっと知ってた?」
「ええ。」
「それで、きみは?」
「あなた、絶対戻ってくると思って。ね。こんなことでめちゃくちゃにはさせないようにって。私、ずっと、ここを守って来たの。」

妻は、本当に嬉しそうだった。

そして、僕は、妻の喜びを憎悪する。

男の都合のいい考えと分かっていても。僕は、妻が何も知らないと思っていたから。そうして、家庭に戻った時、何事もなかったように再開できると思っていたから。だけど、きみが知っている以上、僕ら夫婦は元通りじゃない。

「そうか。知ってて、黙ってたんだな。僕が振られるのを待ってたわけだ。」
僕は皮肉を込めて言う。

「そうよ。それがどうして悪いの?私、ずっと耐えてたわ。あなたが戻るのを待って。私のどこが悪いっていうの?悪いのはあの女じゃない?いつだって、私が大事に守って来たものを、あっという間に奪っておいて、平気でいるんだから。」
その時、初めて妻が大声を。

そうだ。

大声で怒ればいい。

人は、笑うこととか、泣くこととか、大声で怒鳴ることとか。そんなことがいっぱいできるんだから。そんなことを教えてくれたのも、サエコだった。

「きみの一番いけないところは、計算ずくなところだよ。明日の幸福のために、今を浪費している。」
そんな言葉で妻を責めるのはひどく残酷だと分かっていても。

感情のままに生きていたサエコが、僕の本当に欲しいものだった。もちろん、それは最初から手に入らないもので。だから、熱に浮かされたように欲しくてしょうがなかったのだ。


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