セクサロイドは眠らない

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2002年07月06日(土) 私は、まだ、笑い続けてる、しゃべり続けてるまんまで、彼の唇を受けて。彼が服を脱がせる手も、気持ち良くて、

私と彼は、その酒場で会って、最初から意気投合して、朝まで飲んだ。ずっと笑ってて、何をしゃべったかよく覚えてない。ただ、笑って笑って、気持ち良くて。このまま、こんな風に波に身を任せていられたら気持ちいいなあと思った。

朝になって、店を出て、それから彼は
「どうする?」
って聞いた。

私は、
「あんたんち、行ってもいい?」
って言った。

「こいよ。」
と言って、男は私の手を握って。それから、二人で彼の家まで行って。

彼の部屋は、男性にしては割と片付いていて。女がいるのかなと思ったけど、私も彼も死ぬほど眠たかったので、彼のベッドで夕方まで眠り続けた。

夕暮れに目が覚めると、キッチンのほうから、ジャッジャッという音といい匂いがするから、覗いたら、彼がチャーハン作ってくれてて、私は嬉しくなった途端、おなかがキュルキュル鳴った。

「おう。起きたか。待っててな。」
彼は、そう言って、豪快にフライパンを揺すった。

チャーハンはめちゃくちゃおいしくて。私はおかわりまでして、食べた。
「ね。すごい。おいしいね。」

「俺、これしか作れないんだよね。」
彼は、嬉しそうに、そう答えた。

すごく気持ちいい一日で。私は、食べるだけ食べると、また、彼の部屋で眠った。

翌朝、私は、
「仕事だから、帰るね。」
と言った。

「ああ。また来いよ。この前の店でもいいし。」
「チャーハン、ごちそうさま。じゃね。」

私は、なんだか嬉しくて、ピョンピョンと跳ねるみたいにして、駅まで出た。

--

彼とは、そんな感じで、月に一度か二度、泊まって。いつも、飲んで笑って眠ってたから、彼とセックスしたのは、ようやく、知り合ってからニヶ月が経とうというところだった。

そんな前触れもなく、その日も、私は彼の部屋で笑ってて。私が作った料理とかつまんでて。

そんな感じで笑ってる、そのまんまの雰囲気で、彼が私の肩に手を回してくるから、私は、まだ、笑い続けてる、しゃべり続けてるまんまで、彼の唇を受けて。彼が服を脱がせる手も、気持ち良くて、緊張するよりはむしろ、すごくリラックスしてて。

私達のセックスは、そのまんま、私達の会話みたいな感じだった。

明確な最初と終わりはなくて。

気持ちいいと思うことを、お互いにやって。

それから、彼の腕で、また眠って。

初めて抱かれた日の翌日、前回と同じように、「バイバイ」って、彼のアパートを出て。

彼は、
「また来いよ。」
とか、同じ風に言うから。

少し寂しいような。自由なような。

「俺の女」、とか、そんな風に言うような人じゃないんだな、って、そんなことを思いながら。

--

私は、その店で彼を待っていた。

女性が、私の前に座った。
「あたし、誰か分かる?」

私は、びっくりして首を振った。

「私ね。あの男の前の恋人よ。」
「そう・・・。」
「ね。もう、あの人と寝たの?」
「答えたくない。」
「いいわ。だけどさ。辛くなるよ。このまんま、あの男と付き合ってたら。」

私は、少し不愉快になる。

「あら。やめてよ。あなたが心配なだけなのに。別に、未練なんか残してないわ。」
女は、濃い酒を幾杯も飲んで、煙草を吸い続ける。

「お酒も、煙草も、ね。あいつと付き合ってから増えたの。だんだんと、自分の気分をごまかすために、たくさん必要になっちゃった。」
そう言って。荒れた肌で微笑んだ。

私は、可哀想になって、
「まだ、好きなのね。」
と言った。

「そうかもね。なんでだろう。絶対に、私の事なんか好きになってくれなかったらでしょうね。」
「彼は、好きな人としか付き合わない人よ。」
「そんなことないわ。このまんま付き合ってても、彼は、絶対に結婚しようとも、他の男とベタベタするなとも、煙草やめろとも言ってくれないから。だから、結局、私が彼のそばにいられなくなっちゃった。」

もちろん、彼はそんな事は言わないだろう。そういう男じゃないから。

「あなたは、平気?彼のことだから、付き合おうとも、好きだとも、ちゃんと言わなかったでしょう。」
彼女は、訊ねる。

「さあ。そんなこと、ちゃんと考えたことなかった。」
私は、答えて。

彼女の気持ちが分からないでもなかったけれど。

そんな風に好きになられて、そんな風に去って行かれた彼を、可哀想とも思った。

「そろそろ、行くわ。このこと、彼には内緒ね。」
彼女は立ち上がる。

「ねえ、あなたなら・・・。あなたなら、彼を変えられるかもね。」
そう言って、微笑んで。

あんなに美しい人なのに、自分で、自分の肌を荒らして。

--

「誰かと飲んでた?」
「え?」
「このグラス。お前のじゃないよな。こんなに口紅がついてる。」
「ああ。知らない人と。」
「昔、こんな色の口紅を好んでいた女がいた。」
「恋人?」
「恋人・・・。だったかな。ま、振られたんだけどさ。」

彼は、寂しそうに笑う。

ほら、やっぱり。

「ね。行こう。」
「どこに?」
「あなたの部屋。」
「ああ。」

私達は、そこで、いつものように抱き合って。笑い合って。

私は、この幸福を変えようとか、どうにかしようとか、思わない。

--

私は、彼の子供を身ごもった。

その事を告げると、彼は照れたような困ったような顔をして。

それから、
「結婚しよう。」
と言った。

私は、にっこり笑ってうなずいて。涙をちょっとだけ。

--

今では、私達は、いつも三人で笑い合っている。

二人の頃と変わったのは、彼が「俺達」という言葉で未来を語るようになったこと。

道で、あの女性と会った。
「ねえ。この前あなた達を見かけたわ。」

彼女は、相変わらず綺麗で、悲しそうで。

「声掛けてくれたら良かったのに。」

彼女は悲しそうに首を振って。
「私はあの人を変えられなかったけど、あなたは変えることができたのね。」
と、言った。

違うよ。

私、変えようとは思わなかった。

一緒に変わっていきたかった。

それに。

何より、あの人が、誰かに愛の言葉を言えるようになったとしたら、それはこの子のせいだわ。この子の笑顔が、彼の心から溢れる愛の言葉を。

そんなことを、彼女にも伝えたいと思った時には、もう、彼女は去っていたのだけれど。

でも、いつか、あの人も私達みたいに笑う日が来ますように。

そんな風に彼女の幸福を願えるのも、今が幸福だからなのね、と思ったり。


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