セクサロイドは眠らない

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2002年06月26日(水) 彼と別れた後も、私は幾人かの男性と寝てみたが、必ず、最後の数分間、眠ってしまうのである。

その奇妙な癖に気付いたのは、大学を卒業して付き合い始めた恋人と三回目に抱き合った時からだった。最初は、それは、単なる体調のせいだと思っていたのだが、次も、その次の時も、同じような状態なので、おかしいなと思うようになった。

だが、私は、どうしても気持ちを隠して、相手に調子を合わせてしまうところがあったので、なかなか言い出せず、結局、そのまま一年ほど付き合って自然に別れてしまうことになった。

彼も私も、どちらかといえば淡白な方で、週に一度、遠慮がちに抱き合う。

そうして、
「どう?」
とか、
「うん。」
とか、そんな短い言葉を交わしながら抱き合うのだが。

私の癖というのは、オーガズムに達した途端に、意識を失うように眠ってしまうことだった。

それは、ほんの五分ほど、目を開けたままのようで。

「どうだった?」
と、聞かれた時は、もう、既に私と彼の体は離れていて、私は、仰向けになっているのだった。

「良かった?」
「うん。」
「なんかさ、僕達、体が馴染んで来たっていうかさあ。そんな感じしない?」
「そうだね。」
そうやって、彼が満足そうに私の体に手を回して、時には眠りに就いてしまう間、私は妙にはっきりした頭で考える。

眠っていたのではなくて、気絶していたのかしら?

だが、私はやはり眠っていたのだと思う。

大体、私は、オーガズムに達していたかどうか、わからないのだ。

そんなわけで、彼と別れた後も、私は幾人かの男性と寝てみたが、必ず、最後の数分間、眠ってしまうのである。

男達が一様に
「どうだった?」
と訪ねて来るので、
「うん。良かったよ。」
とか何とか答えるものの、いつも、私は彼らがそのうち、私がいつもその瞬間眠ってしまうことに気付いてしまうのじゃないかと、落ち着かない気分になるのだった。

--

そんないきさつから、私は、次第に、男性との性交を面倒に思うようになってしまった。

今も、交際中の男性がいないわけではなかったが、お互いにひどく淡白で、下手をすると数ヶ月もそういった行為をしなかったりする。けれど、私も相手も、そういった付き合いで満足していた。一緒に旅行に行ったり、食べ歩きをしたり。そんなことで充分だった。

--

その連休も私と恋人は、京都への小旅行の計画を立てていた。三泊ほどの旅行だけど、私は久しぶりの休みに胸が弾んでいた。

恋人からの電話は、出発の前日の夜、掛かって来た。

「すまない。ちょっと仕事でトラブってしまったんだよ。明日なんだけど、一人で先に行っててもらえるかな?現場が落ち着き次第、すぐ合流するから。」
「うん。分かった。」

私は、少々がっかりしたものの、もともと、一人で過ごすのも好きだったので、旅館で読む文庫本を幾つか荷物に追加すると、気持ちはもう、一人で散策する京都の町を思っていたりもした。

新幹線に乗ると、夕べ興奮していたのか、すぐに睡魔に襲われた。

私は、知らず知らずのうちに、うとうとと舟を漕ぎ始めた。

--

私は、女の子で野原を歩いている。

ふと、気付くと、野原の向こうのほうで男の子が待っている。

私は、その子の事をすごく知っている気がして、駆け寄る。

「やあ。」
彼は、待っていたよ、という顔で笑う。

私はその時、この子に会いたくて会いたくて、しょうがなかったんだと分かって。一緒にしゃがんで。

「いつも、ちょっとしかいられないんだよね。」
「うん。そうだね。」
「僕、ずっと待ってるんだよ。きみが来るの。いつもいつも。」
「私も、もっと遊びに来たいのに。いつ来る事ができるか、自分でも分からないんだもの。」
「じゃ、しょうがないね。」
「うん。しょうがない。」

私達は、それから花を摘む。

「今日は、いつもより長くいられるんだ?」
男の子が聞いてくる。

「そうみたい。」
私は、嬉しくて。うつむいたまま、笑ってる。

「いつも、あの向こうに一緒に行こうと思うのにさあ。きみがすぐいなくなっちゃうから。」
「あの向こうに、何があるの?」

--

私は、そこで目を覚ます。

隣の席に座ってる男性にもたれかかったまま。

「あの。ごめんなさい。」
私は、慌てる。

「いいんですよ。良く眠ってた。すごく嬉しそうな顔して。」
その男性は、ニコニコと私を見ている。山歩きでもするような服装で、よく焼けた顔の中で、細い目が人懐っこい。

「夢を見てたんです。」
「へえ。どんな?」
「男の子の夢。私は、いつもそこで彼を待たせてるんです。で、すごく寂しい思いをさせてるの。」
「そうなんだ。」
「彼はね。私をどこか、野原の向こうに連れて行ってくれるって言うんだけれど。私は、いつも、彼のそばにずっとはいてあげられないの。」
「でも、彼は、きみを待ってるし、きみは、彼に会いに行く。素敵ですね。」
「素敵かしら。ね。いつか、私が彼に会いに行った時には、彼はもうそこにいなかったり、彼が待っても待っても、私が彼のところに行く道を忘れてしまったりしたら、すごく寂しいでしょう?」
「でも、彼は、待ってる。」
「ええ。」
「きっと、ずっと待っててくれてる。」
「そうだといい。」
「あなたは、実生活で、何かをいつも探してるんですね。」
「そうかもしれません。」
本当に、急にそんな気持ちになって。

そこで、背後のほうから車掌の声がする。
「切符を拝見。」

彼は、慌てて、ザックを持って立ち上がる。
「こりゃ、まずいな。僕、指定券持ってないんですよ。」

そう言われて、私は、その席が、本来恋人が座るはずだった指定席にだったことに気付く。

「じゃ、また、どこかで会えたら。」
「待って。ねえ。また、会える?」
「会えるんじゃないかな。」

彼は、その素敵な笑顔を残して、通路の向こうに消えてしまった。

私は、ぼんやりとして、窓の外を見る。

その時、私は、全身にびっしょりと汗をかいているのに気付いて。まだ、もたれかかっていた肩から伝わる鼓動が体の中に残っていて。まるで、オーガズムに達した後のように、体が軽いのを感じて。

「待って。」
私は、立ち上がって、さきほどの男性の後を追う。

ねえ。ずっと待っていてくれたのは、もしかして、あなた?

そんなことも、また、夢の続きかもしれないし。

ただ、どこかで、その先に行こうよと、待っていてくれる男の子の面影は、さっきの人にそっくりだったことを、今、思い出したのだ。


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