セクサロイドは眠らない

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2002年06月27日(木) 彼が、笑う。僕も、泣かないようにして。だって、僕が泣いたら、ちっちゃいウサギ達がみんな泣いちゃうから。

「しーっ。」
そう言いながら、彼が僕のベッドに入ってくる。

薄い毛布じゃ寒いから、それだけで僕の気持ちはあったかくなる。

「また、見つかったら怒られちゃうよ。」
「そうなったら、またきみに迷惑掛けちゃうねえ。」

彼は、くすくす笑った。ちっとも悪いと思ってない風だった。それで、僕も笑った。

彼と僕は「うさぎ・こどもの・いえ」に引き取られている親のいないウサギの子供だった。

「で。この前の続き、ね。」
と、彼は話し始めた。

彼の話というのは、彼の生まれ育った頃の話やなんか。僕は、それにワクワクして耳を傾ける。

この前までのお話。

彼は、今は、こんなに冴えないウサギの子供だけれども。実は、ライオン国の王子さまなのだ。贅沢し放題。美しい、宮殿。おいしいご馳走。まだ、タテガミも生えてない子供だったけど、毎日、全身の手入れをされてツヤツヤした毛並みが輝く美しい子ライオンだったそうだ。

じゃあ、なぜ、こんなところでウサギの格好でいるかというと。

というのが、今日のお話。

「国内で内乱が起こったんだ。でね。年老いた父を支えながら、王位を継承するべく勉強していた兄の命が危険にさらされたんだよ。」
「うわ。こわい。」
「僕は、まだ幼かったからね。何が起こっているか分からなかった。ただ、やさしかった兄上が、僕の遊び相手をあまりしてくれなくなったことや、城の中が妙に騒がしかったことなんかを覚えている。反乱軍のずる賢いところはね。ウサギ国と手を組んだことだった。ウサギ国の国民は数が多いから、結構な脅威だったみたいだ。そんなある日、兄上が毒を盛られて倒れてしまった。幸い、命は取り留めたけど、体が不自由になってしまって、寝たきりになったんだ。それでね。母上は、ある日悲しい悲しい決断をしたんだよ。」

そこで、彼は言葉を切る。

僕は、唾を飲み込む。
「で?」
「母上はね。僕にウサギの毛皮をかぶせて、城の外に逃がすことにしたんだ。そうじゃないと、次に狙われるのは僕の命だからね。」
「それで、今ここに?」
「ああ。そうさ。僕は、あの日から、年老いたウサギの母に育てられたんだ。母は、昨年、亡くなる間際に、僕の母から預かったというお守りを渡してくれた。いつか内乱が終わったら、僕はライオン国に帰ればいい。その時は、この王位継承者だけが持つお守りを見せなさいってね。やさしい母だった。ウサギのことも、ライオンのことも、同じように愛していた。」

僕は、その話を聞いて、不覚にも涙を流していた。

「あはは。ごめんごめん。暗い話を聞かせちゃったね。明日の夜は楽しい話を聞かせてあげるよ。パーティの話。素敵なパーティのごちそうの話さ。」
彼は笑って、そうして、泣いている僕の耳を撫でてくれて、僕が寝つくまでそばにいてくれた。

朝起きると、いつも彼はいない。夜中のうちに自分のベッドに戻ったんだ。シスターに見つかると大変なことになるからね。

僕らは、そうやって、出会ってからあっという間に親友になって。

--

そんな友情は、そう長くは続かなかった。

僕は、やさしいウサギの夫婦の養子になることが決まったのだ。

明日がお別れという夜。

彼はいつものようにベッドに入って来て。

「ごめんね。僕、きみを置いて行くなんて、すごく辛いんだよ。」
「何言ってるんだい。きみはいつまでもこんなとこにいちゃいけない。幸せになるべきウサギなんだよ。だってさ。きみはここで一番勉強ができる。小さい子の面倒もよく見ていたし、先生からもシスターからも好かれていたからね。」
「落ち着いたら、新しいママに頼んできみも引き取ってもらうよ。」
「馬鹿言わないでくれよ。僕はライオン国に戻るんだぜ。きみが来る頃には、もう、ここにはいないさ。」

彼は、それから、お守り袋の中の緑色の石を取り出して、
「これ、持っててよ。」
と、言う。

「そんな。きみの宝物だろう。それにいつか、ライオン国に戻る時に必要だよ。」
「大丈夫さ。僕にはもう一つある。いつか、きみが大きくなって、ライオン国を訪ねることがあったら、この石を出して見せるといい。そうして、王と友達だって言うんだよ。」
「分かったよ。大きくなったら、必ず、また会えるよね。」

僕達は、その日は、朝まで一つのベッドで眠った。シスターは気付かないふりをしてくれたのか、僕らには何のおとがめも無しだった。

「じゃあな。」
彼が、笑う。

僕も、泣かないようにして。だって、僕が泣いたら、ちっちゃいウサギ達がみんな泣いちゃうから。

笑顔で手を振る。

--

それから、僕は一生懸命勉強して。ライオン語も勉強して。つらい時は、石を握って、友達の笑顔を思い出す。もう、ライオン国に帰ることができただろうか。

僕は、すっかり立派な大人ウサギになって、ライオン国を訪ねることを決意する。

気掛かりなのは、ライオン国とウサギ国の不仲。僕の友達がかつて教えてくれたような、反乱軍とウサギ国が手を組んだという話も聞かないし。

けれど、僕は、継母に作ってもらった袋に石を入れて、ライオン国へと向かう。

国境を越えようとしたところで、僕は、国境を守るライオンの憲兵に止められる。
「忠告する。ここから先は、ウサギは入らないほうがいい。最近じゃ、ウサギ国とライオン国は、まずいことになってるからな。」

僕は、慌てて、友達に会いに来たことを説明する。

それから、石を取り出して見せて、
「これが証拠です。」
と叫んで、何とか友達に会おうと、食い下がる。

ライオン達の笑い声が響く。
「こんな石、そこいらに掃いて捨てるほど転がってるぜ。」

僕は、信じられずに、掴まれた腕を振り切ってライオン国に入ろうとして。

そうして、背後でパンパンと、鉄砲の音が響くのを聞く。

僕は遠のく意識で、友人を恨む。騙したんだ。僕のことを騙したんだ。きみはライオンなんかじゃなかった。ただの嘘吐きなウサギだったんだ・・・。何の価値もない石を握らせて。きみをずっと信じて来たお陰で、僕は今こんなことに。

--

「気がついた?」

目を覚ますと、子供のままの、彼が笑っていた。

痛みはなくて。そこは気持ちいい場所で。

「きみ、まだライオンになってなかったの?」
「ああ。あれからね。冬の風邪にやられて。そのままここに来ちゃった。」
「知らなかったな。」

僕は、何か、彼に言わないといけないことがあったのに、と思って、顔をしかめる。

思い出せない。

「どうしたの?」
彼が、怪訝そうに訊く。

「うん。何かきみに言おうと思ったんだけど。思い出せない。僕、ライオン国にきみを訪ねていったんだった。」
「そうか。」
「きみに会いたくて。」
「僕もさ。ちょうど良かった。今、会えたし。」

彼は微笑む。

僕はその瞬間思い出す。

幼い日、ベッドの中で彼が教えてくれた、夢のような宮殿の話。パーティの話。そんな全部が、僕の夢であり、希望であったことを。冬が長い、陰鬱な「うさぎ・こどもの・いえ」で彼に会えなかったら、僕はひどく寂しい日々を送っていたことだろう。

「あの頃が一番楽しかったよ。」
僕が言う。

「僕もだよ。」
彼が言う。

「また、何かお話を聞かせてよ。」
僕がせがむ。

彼は、黙ってうなずいて、おもむろに口を開く。


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