セクサロイドは眠らない

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2002年06月21日(金) 彼女ののけぞった白い喉に男の舌が這うのを見ると、いつも僕はドキドキする。そうして、顔をそらし、双眼鏡を置く。

僕は、川のこちら側で、毎日のように双眼鏡で。

彼女は、川のあちら側で、そうとは知らず。

川は、流れが速く、水量が多く。橋は壊れたまま。誰もこんな場所に橋を掛けようとは思わない。僕は、鳥と共に暮らす。人間とはうまく話すことができなくて。唯一、僕と一緒にいてくれた人は、いたにはいたが、僕は、最終的に鳥と暮らすことを選んだ。

僕は、そういうわけで、対岸を双眼鏡で眺める。

彼女は、その寂しい場所で、いつも男を待っている。

毎日、毎日、見ているものだから、僕は彼女のことを何でも知っている。三枚しかないブラジャーをいつも丁寧に洗う彼女。男が来るのは、木曜と土曜。彼女は、髪を結い上げているのが好きだが、男は下ろしているほうが好きだから、男が来る日は、彼女は、長い長い髪を下ろし、ブラシをあてる。何時間も。何時間も。そうやって、彼女は、その男が来る日だけを生きる理由にしているように見える。

男が来ると、彼女は、嬉しそうに出迎えて。テーブルに載せられた皿は、男が来る前に冷めてしまわないようにと、注意深く計算され、並べられる。だけど、彼女が午後一杯かけて作った料理を、男は食べることもあるけれど、食べないこともある。そんな時、彼女は少しばかり寂しそうな表情を見せる。

食べない日は、男は、部屋に入るなり、彼女の腕を引き寄せる。彼女ののけぞった白い喉に男の舌が這うのを見ると、いつも僕はドキドキする。そうして、顔をそらし、双眼鏡を置く。だけど、やっぱり気になって。僕は、再び双眼鏡を手にする。そうすると、彼女の柔らかい体から、柔らかい布はすっかり剥ぎ取られて。男の背中だけが見える。食卓やら。立ったまま、クローゼットのドアに押しつけられて。彼女は苦しそうに顔を歪めている。あるいはそのほうが、僕にとってはいい。奥の寝室は、ここからじゃ見えないから。

ねえ。僕がやってることは変だろうか。

だが、僕は、彼女を見ることが、なぜか彼女を愛する最良の方法に思うのだ。

だから、僕は双眼鏡を覗く。今日も覗く。

--

女は、もう、随分と長いこと、そこで一人でいた。彼女にとっては、唯一、待つことだけが人生だった。以前には、もっと違う幸福もあったはずなのに、それはもうとっくに忘れ去ってしまって。ただ、男がそこを訪れて来るのを待ちわびて、ただ、髪を梳き、料理を作り、体を洗って暮らした。他は、食べ物や衣類を持って来る老婆だけ。人と会うのはそれだけだったが、それだけで充分だった。

だが、最近の男はうわの空で。

カレンダーだけが唯一時間の流れを思い出させるが、木曜も土曜も来ない日もあって。

そんな日は、女は、川のゴウゴウと流れる音を聞いて過ごす。

--

僕は、彼女の木綿の下着が風に揺れるのを、悲しい気分で眺めている。

この前の木曜日、男は彼女を訪ねては来なかった。その前の土曜日も。

その木綿の下着が、やけに寂しそうで。

この川がなければ、僕は彼女のそばにいって慰めてあげることができるのに。そうして、僕は、鳥の真似をしてあげるだろう。

チチチチチ。

彼女は感心したように目を丸くして、それから、もう一度やって、とせがむだろう。

そうしたら、僕はこう答える。
「気に入ったかい?これは、鳥の求愛なんだよ。」

彼女は、顔を赤らめてうつむく。

「鳥にも発情期があってね。誰からも見初められない雌が、間違えて僕のところに来ることもあるんだ。」
そんなことを教えてあげよう。

そうして・・・。

いけない。また、つまらない妄想を。僕は、長い事、人としゃべっていないから、こんな風に誰かと滑らかにしゃべる自信もなくて。

--

ある日のこと。

もう、何週間も男は来ないままで。本当に久しぶりに、男は現われた。彼女の喜びようといったら、それはもう、見ているこちらの胸が痛くなるほどで。

彼女は、片時も男から目を離さず。

男が不機嫌そうに彼女の作った料理を食べている間、じっとそれを見つめている。

そのうち。

ああ。何ていうことだろう。口論が始まったようだ。もみあって。男の手が、彼女の頬を打つ。彼女の姿が見えなくなる。多分、床に倒れてしまったのだろう。ああ。どうしたらいいんだ?男は、何度もしがみつく彼女を振り払って、振り払って。彼女は、口を覆って泣いている。

ああ。きっと、彼女は彼に捨てられるのだ。

男が部屋を出て行こうとしている。

その時、彼女は、男の背中に体当たりして行った。

あっ。

僕は、こちら側で声を上げる。

ヨロヨロと離れた彼女の手が真っ赤に染まって。あれは、血だ。

一体、何が?

血に染まった背中が、視界から消える。

彼女は、そこに立ち尽くしたまま。随分と長い間、動けずにいた。

ああ。何度目だろう。もし、僕がそばにいてあげられたら。そう願わずにはいられない。

僕がそばにいたら、きっとこう言ってあげることだろう。
「きみは正しいことをしたんだよ。間違ってないよ。だから、絶対に自分を責めないで。」

僕は、その途端、疲労困憊して、双眼鏡を落とすと、意識を失ってしまう。

大丈夫だから。ねえ。

--

翌朝、僕は意識が戻ると、すぐに双眼鏡を覗く。

昨日の血の跡は、もう、どこにもなく。そこには、ただ、静かに泣いている彼女がいるばかりだった。泣いて泣いて。食事も取らず。美しい髪の毛ももつれたままで。ただ、泣いている。

その泣き声が聞こえてくるようで、僕は胸が締め付けられるのだった。

川が。川がなければ。

川は、今日もゴウゴウと音を立てて。

僕は、フラフラと川に近付く。

ねえ。もしかしたら、僕は川を越えて、彼女のそばに行けるかもしれないよ。どうしてそんなことに今日まで気付かなかったんだろう。双眼鏡を覗く。彼女がこちらを見ている。僕に気付いたのだ。ああ。待ってて。きみ、僕を待ってるんだろう?ねえ。今すぐ行くから。すぐ行くから。そうして、きみを慰めてあげるから。

僕は、川に飛び込む。

--

女は、川岸に引っ掛かっている双眼鏡を見つけて、拾い上げる。

誰が落としたものだろう。

ふと、何気なく、双眼鏡を目に当てて。対岸を見ると、そこには、美しい鳥。赤や緑の鮮やかな羽の。

「なんて、綺麗なのかしら。」
彼女は、飽きることなく、対岸の鳥達が戯れる様を。

ああ。鳥ですら、愛を交わし幸福そうだわ。

それは、少しばかり慰められる光景でもあり。

あちら側に行くことができたら。

そんなささやかな希望をくれた双眼鏡は、もはや彼女の宝物になっていた。

彼女は、川のこちら側で、毎日のように双眼鏡で。


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