セクサロイドは眠らない

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2002年06月20日(木) 最初は、遊びのつもりだったのだ。いろんなところに連れて行ってくれる、大人の彼にわがまま言って困らせるのが楽しかった。

「ごめんね。やっぱり、駄目だった。」
と、私は、うつむいたまま。

「わかってたけど。」
その人は、寂しそうにつぶやいて。

「あなたが悪いんじゃないのよ。」
「うん・・・。」
「私のせい。全部、全部、私のせい。」
「何言ってんだよ。結婚は、二人の責任だよ。」
「明日、荷物まとめるから。」
「ああ。」
「今日は、ホテルに泊まるね。」
「ここにいてもいいのに。」
「駄目よ。もう、駄目なの。あなたのそばにいるだけ辛くなるから。」
「離婚届は、明日までに記入しておくから。」
「うん・・・。」

私は、待たせていたタクシーに乗りながら、涙が止まらない。

何とか、あの人を忘れようと思ったのに、駄目だった。そうして、代わりに愛してくれる人と結婚すれば、いつか、その人を愛せると思っていた。最初から、私の心に誰かいると知っていて結婚してくれた優しい人を傷付けて、私は今日、家を出て行こうとしている。

--

最初は、遊びのつもりだったのだ。いろんなところに連れて行ってくれる、大人の彼にわがまま言って困らせるのが楽しかった。結婚して、子供が二人いるというその人は、私のわがままを可愛いと言ってくれた。

私は、並行して、若い子と付き合ってみたり。

男も、女も、恋の波は、高くなったり、低くなったり。

彼の子供が中学生になった頃、男の波は最高潮に高まった。離婚する、というのだ。
「なんで?あんなに子供が可愛いって言ってたのに?」
「だがね。子供が激しく親を求める時期はもう過ぎたんだよ。今なら、私達が離婚すると言ったら、彼らは、もう、両親のどちらかを自分で選ぶことができる年齢になったんだ。」
「そんな。駄目よ。だめ、だめ。」

ちょっと待ってよ、と思った。あなたと違って、私はまだ若いんだし。まだ、遊びたいから。

そのうち、彼の気持ちも落ち着いて。奥さんの体があまりよくないから、そばにいてやると言い始めた頃に、今度は、私の嫉妬が抑えられなくなった。

「結婚したいの。」
と言って、泣く私の前で、彼は困惑していた。

何度も何度も話し合って。

別れを決めたのだった。

これ以上、傷付け合わずに会い続けることは無理なぐらい、私達は、長い期間一緒にい過ぎたから。

「結婚するわ。」
「そうか。幸せになりなさい。」

それが、私達の、最後の会話。

--

「ねえ。おばあちゃん。」
私は、庭に立ったまま、泣いていた。

「おや。どうしたの。道に迷っちゃったんだね。」
「うん。」
「ほら。泣いてばっかりいたら、可愛い顔が台無しだよ。」
「うん。」
「こっちおいで。飴、あげよう。」

おばあちゃんは縁側に座って、かっぽう着のポケットから、飴を出してくれる。

おばあちゃんはいつもそうやって、私が泣いたら飴をくれる。

涙のしょっぱさと、飴の甘さが入り混じる。

「おばあちゃんいつもここに一人で暮らしてて、寂しくないの?」
「そうだねえ。マリちゃんが大きくなるところなんかを想像してたら、一日はあっという間だねえ。」
「おばあちゃんは、マリのことが好き?」
「好きですよ。」
「だったら、マリにずっとずっとそばにいてもらいたいでしょう?マリ、ここにいる。もうおうちには帰らない。」
「それは駄目よ。ここは、なあんにもないところ。マリちゃんがいるようなところじゃないよ。」
「だって。マリ・・・。」

私は、おばあちゃんの膝の上に顔を伏せて、泣き出す。
「ごめんなさい。ごめんなさい。あたし、いい子でいようと思ったのに。」

おばあちゃんは、そんな私の背中をポンポンと叩いて、
「マリちゃんはいい子だよ。よく頑張ってるよ。不思議だねえ。頑張ってる子ほど、ごめんなさい、って言うんだよね。おばあちゃん、見てるから。マリちゃんが頑張ってるの、見てるから。」
とやさしく言ってくれるけど、そんな言葉に、余計大声を上げて泣いてしまう。

「少し眠っておいき。マリちゃんは、まだ、ここに来ちゃいけないよ。だけど、ちょっと疲れちゃったんだろう?そういう時は、眠るといい。」
おばあちゃんが頭を撫でてくれる。

随分と、泣いて、泣いて。

泣き疲れて。

私は、おばあちゃんの膝でまどろむ。

おばあちゃんが手を握っていてくれるから、私は安心して眠ることができる。ちょっとぐらいいいよね。ちょっとだけ眠ったら、ちゃんと帰るから。おばあちゃんを困らせないように、おうちに帰るから。だから、ちょっとだけ。

--

「気が付いた?」
その声は、暖かくて、優しい。

病院だった。点滴の管が見える。そうだ。薬飲んだんだ。もう、生きてられないと思ったから。

手を握っていてくれてたんだ。

「うん・・・。あたし・・・。」
「いいんだよ。もうちょっと眠っていなさい。」
「あなたは?」
「ああ。僕は、今夜だけは何とか付いててあげられるから。明日には、安心して戻りたいんだよ。」
その声は少し震えていた。

「あたし、ちゃんと幸せになろうと思ったの。あなたがいなくても、ちゃんとやれるように頑張ろうって。あなたが、奥さんのために家に帰ったのなら、私も、ちゃんと夫と幸せになろうって。そうやって、随分と頑張ったのに・・・。」
また、涙が溢れる。

「結局、あの人も傷付けて。」
「きみは、きみで頑張ったんだろう?」
「うん。なのに、結局、あなたにまで迷惑掛けて。」
「迷惑じゃないよ。こうやって、きみに付いていられて嬉しいんだよ。」
「ねえ。もう、無理だって分かったの。他の恋ができると思ったけど、あなたじゃないと駄目だったの。若い頃は、恋なんて、ひとつ失くしても、また、手に入ると思ってた。だけど、大人になってしまったら、もう無理なのよ。」

握ってくる彼の手に少し力がこもる。
「僕もだよ。きみがいて、元気で頑張ってると思うから、僕も頑張れる。」
「ねえ・・・。今夜一晩、手を握ってて。」
「ああ。」
「わがまま言ってごめんなさい。」
「嬉しいよ。」

本当に。

もう、恋の取り替えは利かないんだとしたら、大人って随分と不器用だ。

朝になったら、あなたは帰ってしまう。

今日だけは、まだ、私の元にいて。

ねえ。お願い。


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