セクサロイドは眠らない

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2002年06月19日(水) だって。いなくなると思わなかったから。ずっと、そこにいてくれると思ってたから。だから、僕は、彼女にそれ以上

素直に可愛いと思ったので、声を掛けた。

僕のバイト先のコンビニで働いているショートカットのひと。元気で、キビキビと働いて、声がよく出てて。少し年上かなと思ったけど、構わないと思った。

昼休み、彼女が自前のお弁当食べてたから、僕は声を掛ける。
「ねえ。今度の日曜日、暇?」
「今度の日曜日・・・?」

その時、運悪く、彼女の携帯が鳴る。

彼女は、
「ありゃりゃ。」
とか、声出しながら電話受けてて。

「悪いわね。すぐ帰らなきゃ。緊急事態!」
とか言って、店長に連絡取ってた。

昼から交代のバイトの女性が、
「エツコさん、また、子供かな。」
とつぶやいてたので、
「え?子供?」
って聞き返した。

「うん。エツコさんとこの男の子さ。時々問題起こすのよね。あそこ、女手ひとつで男の子三人だから大変なのよ。」
と教えてくれた。

なんだ。子供いたのか。

それからは、何ていうかな。

女性というより、むしろ、頑張ってるお母さんに手を貸したい、みたいな感じで、僕は、彼女を陰ながら応援させてもらってる。

--

ある日、彼女はいつになく憂鬱そうな顔で仕事をしている。僕は、そんな彼女が気になって、お昼を誘う。

「どうしたんですか?今日、元気ないですね。」
「うーん。そう?」
「それぐらい、分かりますよ。」
「もうすぐ、夏休みだよねえ。」
「ええ。」
「親子キャンプ、さあ。父親じゃなくちゃ駄目だって言うんだ。あ。長男の事なんだけどね。で、無理って知ってて、行かないって言うんでね。可哀想でさ。」
「それって、どんなの?」
「普通の体験学習みたいなやつだよ。テント張ったり。で、もう、母親とか付いてくんのとか、嫌がるしね。六年なんだけど。」
「あの。僕、でもいいですかね。」
「え?」
「僕、そういうのちょっと得意なんですよ。」
「駄目だよ。そんなの頼めないよ。」
「いいんです。」
「うちの子、ヤンチャだしねえ。この前も、友達殴ったってんで、学校から呼び出されたし。」
「はは。元気があっていいじゃないですか。僕、そういう子のほうが好きかも。」
「じゃ、頼もうかな・・・。」
「ええ。任せてくださいよ。」

彼女がうつむいた拍子に、ちょっと泣いたように見えたから、僕はどぎまぎする。

「戻ろうか。」
こっちを向いた彼女は、もう、いつもの笑顔で。

「あ。はい。」
「ね。こないだのさ、お昼。何か言いかけたじゃない?あれ、何?」
「あ。もういいんです。」
「そう。じゃ、キャンプの件は、また電話するから。ほんと、助かる。」

彼女は、そうやって、足早に店に戻ってしまった。僕は、携帯電話に登録したばかりの彼女の電話番号に、心がちょっと、あったかくなった。

--

キャンプは、なるほど。みんな父親が付いて来ていた。僕は、親戚のお兄さんということで付いて行った。

最近の六年生はびっくりするほどしっかりしていて。照れていた僕に、彼女の息子のマサヒロは、向こうから話し掛けて来た。

「まだ、若いね。」
「ああ。大学出て、フリーターしてんだ。」
「ふうん・・・。」

そうやって、ジロジロと僕を見るから。
「何?」
「うん。母さんの恋人にしたら、若いなあって思って。」
「はは・・・。そういうんじゃないよ。」
「前のオジサンより、若い。髪の毛がある。」
「前のって?」
「時々、うちに来てた。俺ら、そのオジサンのことあんまり好きじゃなかったな。ヘラヘラして。」

うわ。駄目だ。そういう話、よくないわ。ああ。これって嫉妬なのかな・・・。

「こないだ友達殴ったって?」
慌てて話題を変える。

「うん。まあ。」
「お母さん、心配してたぞ。」
「うん。」
「どっちが悪かったの。」
「どっちも。だけど、母さんが困るから、先に謝った。」
「ふうん。」

僕らは、大人の男同士みたいに、分かったような顔して。

そんな風にして、一泊のキャンプはあっという間に終わった。

駅に降り立つと、マサヒロの弟達が、「にーちゃん、にーちゃん。」とピョンピョン跳ねて待っていた。

それから僕達は、駅の近くの喫茶店に入って少し休む。マサヒロの弟達が、僕の膝に乗ったりして、はしゃぐ。

「ありがとうね。ほんと、助かった。」
別れ際、彼女が頭を下げる。

「いえ。どっちかっていうと、僕が気を遣って話し相手してもらったみたいになったんです。」
僕は、マサヒロに向かって、
「じゃな。しっかりやれよ。」
と、声を掛ける。

「ああ。お前も頑張れよ。」
と、マサヒロが大人びた口調で言うから、僕はものすごく焦る。

--

それからは、もう、彼女に話し掛けると言っても、子供の話とかばかりで。接点がなかなか持てないままに、夏が過ぎて行く。

やっぱり、彼女のこと、好きみたいだ。

それから、夏が終わって、ある日バイトに出ると、彼女の姿がなかった。

また、子供かな、と思っていたら、
「辞めたみたいよ。田舎に帰るんだって。」
と、教えてくれた人がいた。

そうか。

なんだか、ものすごいショックで。

だって。いなくなると思わなかったから。ずっと、そこにいてくれると思ってたから。だから、僕は、彼女にそれ以上踏み込まなくても平気だったんだと気付いた。

マサヒロの大人びた目を思い出す。

イクヤは、小学校に入っても、オネショが治らないと言ってたけど、大丈夫かな。

ダイキは、最近、すごくおしゃべりになったから、将来はお笑い芸人になるって言ってたな。

なんだか、そんなことをグルグル考えて、どうしようもなく寂しくなってしまった。

ふと思い出して、バイトが終わってから、彼女の携帯に電話してみる。キャンプの打ち合わせ用にと聞いたきり、掛けてみようと思わなかった番号だ。

「もしもし。」
彼女の声。

「あ。俺。」
「どうしたの?」
「どうしたのって。何で俺に一言も言わずに行っちゃうわけ?」
「あなたには関係ないもの。」
「関係あるだろう?マサヒロのことも、イクヤのことも、ダイキのことも。変だけど、俺、自分の家族みたいに勝手に思ってたんだから。」
「そんなこと言われても。」
「それに、俺達、友達だったんじゃないの?違ってたのなら、俺、馬鹿みたいだよな。」
「辛かったんだもん。ほら、あたしって、子供抱えてるじゃない?だから、みんなに助けてもらってばっかりでさ。そういうの、なんか、プライドっていうのかな。時々すごい傷付くんだけど。でも、そんなこと言ってたら、食べてけないから。結局、生活のためだって割り切って、手を貸してもらうわけよね。あなたにも。そういうのが、なんだか、辛くなっちゃったのよね。」
「馬鹿だな。お前ってどうしようもない馬鹿。」
「だって、しょうがないじゃん。どうせあなたには分かんないわよ。」

その時、初めて、僕は、彼女が電話の向こうで泣いてるのを知る。

「今、どこ?」
「どこって。田舎だよ。」
「行くからさ。」
「もう、夜だよ。」
「いいからさあ。それとも、俺が行くの嫌?」
「子供達は喜ぶと思う・・・。」
「エツコさんは?エツコさんはどうなの?」
「そんなことないけど・・・。」
「じゃ、いいよね。俺、押しつけがましくないよね?」
「ほんと言うとね。すごく嬉しい。電話して来てくれたこと。あたし、こんなだから、自分からは出来なかったから。」
「何言ってんだよ。今の言葉で勇気百倍だよ。すぐ行くから。」

待ってなよ。と、慌てて、財布の中身だけ確かめて、駅に向かう。

あ。場所聞いてないや。

ま、いいか。また、電話すれば。

あの時、誘おうと思ってたデートも、まだ誘えてないままだし。多分、これから何度も掛けることになる電話番号は、もうすっかり頭の中にあるから。


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