セクサロイドは眠らない

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2002年06月17日(月) 僕はその時笑えなかった。それどころか、可哀想で泣いてしまった。そうして、彼女を抱き締めて、髪を撫でた。

街を歩いていると、女子高生の格好をした女の子が、
「ねえ。あたしを買ってよ。」
としがみついて来た。

「な・・・。」
僕は、驚いて身を引いた。よく見ると、その子の制服は汚れていたし、靴はボロボロだった。

「とにかく、おいで。」
僕は、少女の手を引いて、自分のマンションに連れて行った。

冷蔵庫から食べ物を出して並べると、
「何か食べろよ。腹空いてんだろう?」
と、言った。

少女は、首を振って、
「先に抱いてよ。」
と、言った。

「無理だよ。僕は、何かと引き換えに誰かを抱くなんて無理だ。」
と答えた。

少女は、僕の答えに構わず、僕の上に乗って来た。

「おい。ちょっと・・・。」
そんな僕の腕を握った手の力は案外と強く。僕らは、少しもみ合って。だが、そのうち少女はあきらめて、僕から体を離す。

「きみ、家は?」
「出て来た。」
「家出?」
「逃げて来た。」

僕は、タオルと着替えを手渡すと、シャワーを浴びるように言った。少女は黙ってうなずいて、バスルームへと入って行った。

--

家を出て来た少女は、しばらくの間、僕の部屋にいた。何かに怯えているようなので、昼間は外に出ないように言い、僕は仕事に行った。帰宅して、僕が作ったささやかな夕飯を食べると、少女は、いつも、僕をベッドに誘う。

最初は拒んでいたが、断ると彼女がひどく傷付いた顔をするのだ。

「何もせずにここにいるわけにはいかないから。」
と、彼女は、服を脱いだ。

その体を初めて見た時、僕は息を飲んだ。

乳房の下から、下腹部にかけて、醜い傷跡があったから。

「どうしたの?これ。」
「父さんにされた。」
「だって・・・。」
「あの時は、病院にも連れてってもらえなかったから、こんなことになっちゃった。」
彼女は、笑って見せるけど、僕はその時笑えなかった。それどころか、可哀想で泣いてしまった。そうして、彼女を抱き締めて、髪を撫でた。それは間違っていることなのかもしれない。つまらない感傷なのかもしれない。

--

翌日も、夕飯の後、彼女は僕をベッドに誘い、服を脱ぐ。そうして、じっとしている僕の服を脱がせ、慣れた手つきで、僕の快楽のポイントを刺激し始めるから、僕は、彼女の小さいお尻を見つめながら、また泣きそうになるのだ。

多分、そうやって、彼女はずっと生きるために自分を売ることを教え込まれて来たのだろう。

「もう、いいよ。」
と、どんなに言っても、彼女はやめない。

それから、僕の手を取って、自分の薄い胸に持って行く。

「ねえ。あたしにも触ってよ。」
彼女が言うから。

僕は、傷に触れないように注意深く、その胸を愛撫する。

はぁ・・・、と、小さく、溜め息が漏れる。

「ねえ。入れてよ。」
と、彼女がささやく。

「できないよ。」
と、僕は答える。

「あたしじゃ、駄目?」
「そういうんじゃないけど。」

僕は、彼女の体に魅惑されている。だが、それは、彼女の傷に対してなのかもしれないと思うと、彼女と交わることがとても怖くなるのだ。理由は良く分からないのだが。

「きみを傷付けたくないんだ。」
その言葉は、自分の耳にすらそらぞらしく聞こえる。

僕は、彼女の傷を指で、唇で、なぞる。だが、彼女の中に入ることはどうしてもできない。

多分、彼女の傷と向かい合うのが怖かったのだと思う。

次の日も。

その次の日も。

僕は、彼女の傷を愛撫するけれど。彼女と交わることはできない。

そうして、ある日、彼女は僕が仕事に行っている間にいなくなっていた。

--

抱いてあげたら良かったのに。と、僕は思う。後悔だけが、残る。それから、僕は彼女の引きつれた傷を思い出して、自慰をする。何度も何度もする。指に残るでこぼこの皮膚の感触を思い出しながら、僕は、その傷に放出する瞬間を想像する。

--

数年後、僕は、上司の紹介で見合いをすることになった。誰とも結婚する気はなかったのだが、どうしても断れなかったので、承諾した。

その席に現われた女性を見て僕は驚いた。あの時の少女とそっくりだったから。いや。良く見れば、あの少女よりもふっくらとして。

二人きりになった時、僕は訊ねた。
「以前、僕達会ったことありませんでしたっけ?」

彼女は不思議そうな顔をして、首を振る。

僕はひどくガッカリして。だが、しぐさの一つ一つから目を離せない。

翌日、上司に、是非、彼女と結婚したい、との意志を告げた。

--

初夜の晩、僕は、期待を込めて彼女の裸体を見て、そうして、ひどく失望する。滑らかな肌には、傷ひとつなく。何よりも、僕に抱かれる様子はぎこちなかった。恥らう姿も喜ぶ姿も、健全に生きて来た女のそれだった。

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彼が眠ってしまった後、彼女は、一人、バスルームで自分を鏡にうつす。私、バレやしなかったかしら。

最近の技術では、傷跡をこんなに綺麗にしてしまえるのね。

あれから、たくさん働いて、きれいな体と、作られた過去を買い取った。

彼が私を抱けなかったのは、傷のせいだから。傷さえなくなれば、彼は私を愛してくれるのだと思った。

--

僕は、彼女を抱きながら。傷が思い出されてしょうがない。あの傷。彼女はどこに行ってしまったのだろう?もう、二度とあんな風に、誰かに欲情することはない。

傷がなくちゃ、駄目なんだ。

その彼女のなめらかな皮膚に。僕はナイフを滑らせることを考える。そうやって、自分を奮い立たせて、今日も彼女を、嘘の情熱で抱く。

ねえ。傷がなくちゃ、駄目なんだ。

そのうち、僕、本当にきみを・・・。


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