セクサロイドは眠らない

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2002年06月11日(火) かつて、彼が、何度も何度も痛いくらいに掴んで愛してくれた乳房を。白い乳房は、その都度、彼の手の中で桜色に染まって、震えていた。

もう、連絡をしてくれるな、と言うのである。

お前にはうんざりだ、と言うのである。

私は、最初は、「どうして?」と取りすがってみたものの、彼の心は変えられないと察して、手も足も出せなくなった。

私にしたら、唐突な出来事のようにも思えたが、彼も悩んだ末のことなのだろうし。ずっと前から兆候はあったのだろうし。それでも、あっさりと引き下がったりはしなかった。やりなおせるならば、と、ありとあらゆる努力もしてみた。

だけど、これ以上やったら、ストーカーになっちゃうでしょう。

と思って。

それに、何かやればやるだけ、彼が遠ざかって行くのも感じたし。

だから、あきらめた。

--

海に行く。

海の向こうをずっと眺めている。

かつて、彼は、この浜辺で私の髪を撫でながら「きれいな髪だね。」と言ってくれたのに。もう、この髪の毛は、彼の心に何の感動も呼び起こさない。

ふと、思いついて、私は、自分の長く豊かな髪の毛を切って、瓶に入れると、海に流した。波にさらわれ、消えてゆく、私の髪の毛。

もし、偶然のように、彼の手元に届いたら、彼はそれを見て何と思うだろうか。

幾度も幾度も撫でてくれたこの髪の毛だから、彼は一目見て、私の髪の毛と気付くだろう。それを、たとえ彼が不愉快に思ったとしても、私のせいじゃない。私は何もしていない。ただ、波が勝手に運んだだけ。

そんなことを思いながら、私は、翌日もまた、髪の毛を一房切って海に流す。

私がここでこうやってあなたを思っている事実を、波が、風が、知らせてくれるのを期待して。ねえ。決して忘れたわけじゃないわ。

--

それでも、彼からの返事はない。

分かっていたのだけど、涙が溢れる。

もう、随分と泣いたのに。体中の水分がなくなるくらいに泣いたのに。

私は、その涙をまた、小瓶に詰めて、海に流してみる。波は、あっさりとそれを飲み込んで。

ねえ。今度はちゃんと運んでよ。

--

それでも、彼からの返事はない。

波は、私に話し掛けるようにやさしく打ち寄せるけれど、本当はただ、いたずらに期待させているだけで、何にもしてくれやしないのだわ。

私は思う。

だけど、私は、彼に何か伝えずにはいられないから。

乳房を切り取って、海に流す。

かつて、彼が、何度も何度も痛いくらいに掴んで愛してくれた乳房を。白い乳房は、その都度、彼の手の中で桜色に染まって、震えていた。これを見たら、きっと彼は私のことを思い出すでしょう。もしかしたら、体の奥で消えかかっている炎がまた、燃え上がるかもしれない。

--

それでも、彼からの返事はない。

私は、彼が私を思い出すことができるように、私の一部を切り取っては海に流す。

ある日ふと、涙だけでは駄目かと思い、目をえぐり出して、波に乗せてみる。

私の目を受け取れば、そこから絶えず涙が流れ続けていることが分かるでしょう。

--

それでも、彼からの返事はない。

私は、もう、どこにも行けず、浜辺で。

--

女がいる場所から遠く海を隔てた浜辺では、一人の男が海を見ていた。男は、毎日のように流れつく小瓶を心待ちにしていた。

浜辺には、美しい髪の毛が。乳房が。眼球が。

丁寧に並べられていた。

男は、初めて、その髪の毛を手にした時、その美しさに胸が高鳴ったものだった。そうして、次の日も、その次の日も届く小瓶が愛のメッセージのように思えた。ある日、乳房が届いた。それは手の平に載せると、愛らしく、恥かしそうに揺れたのだった。

そうして、今日は眼球が。

絶えず涙を流し続ける、そのグレーの瞳は、悲しみに曇っていた。男は、その目を見て、胸を痛める。どこかで泣いている心がある。もし、ここに、この美しい女の一部ではなく、体があるなら、抱き締めて慰めてやれるのに。

そうして、男は、また、明日も海の向こうを見つめて、誰かからのメッセージを待つだろう。

一方通行のメッセージを。

男は、待っているばかり。海の向こうで、返事を心待ちにしている女がいるとは思い付かないままで。


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