セクサロイドは眠らない

MAIL  My追加 

All Rights Reserved

※ここに掲載されている文章は、全てフィクションです。
※長いこと休んでいてすみません。普通に元気にやっています。
※古いメールアドレス掲載してました。直しました。(2011.10.12)
※以下のところから、更新報告・新着情報が確認できます。 →   [エンピツ自由表現(成人向け)新着情報]
※My Selection(過去ログから幾つか選んでみました) → 金魚 トンネル 放火 風船 蝶 薔薇 砂男 流星群 クリスマス 銀のリボン 死んだ犬 バク ドラゴン テレフォンセックス 今、キスをしよう  俺はさ、男の子だから  愛人業 

DiaryINDEXpastwill


2002年06月09日(日) 強大な感情にとらわれて、夜も昼も、一人の時間は苦しみに悶え、火のついた体を持て余すようになった。

そのお姫様は、国の、どの娘よりも美しく、賢く、気高く、優美だった。

完璧なマナーを教え込まれ、どんな場所でも臆すことなく落ち着いて振舞う。

それはもう、天性のものとも言える。

だが、同時に、お姫様は、かなり自由に振舞うことも可能だった。つまり、籠の中の鳥ではないのだ。

自分の中に女性の欲望が芽生えると、城の専属の主治医に相談しながら、体調を完璧に保ちつつも、その肉の欲望を満たすために楽しむことも覚えた。

そう。

お姫様は、最高の存在である自分に満足していたし、誰に対しても無敵だと信じていた。

だが、どんなに完璧な人間にとっても、それを一瞬にして打ち崩す感情にとらわれることがある。その名も「恋」。

隣国の王子がその国を訪ねて来た時、お姫様は、ひと目で彼が好きになった。本当にそれは理屈抜きの感情で。どこが好きなのだろう。その知性?その容姿?その鍛え抜かれた体?何より、その声。落ち着いた、深みのある声。

その声で、たとえば、王子が興味を持ってやまない、天文学の話などを聞いているだけで、お姫様はうっとりとして、下半身から力が抜け、そこから動けなくなってしまうのだ。

たとえば、お姫様は、気持ちを告げる事も可能だった。身分違いというわけでもない。美貌と知性では、そこいらのどんな女にもひけを取らない。

それでも、お姫様は、その事を隣国の王子に告げることができなかった。自分でも、なぜか分からなかった。それまでのお姫様なら、好ましい男には、自分から欲望を告げることも簡単だったから。そうして、相手が断らないことも、また、確信していた。お姫様は、そこいらの駆け引きについても、充分に長けていて。

あまりに自信に満ちた女では男性が逃げ腰になると思えば、控えめに恥らって見せる術さえ知っていた。

ともかくも、恋すら、ゲームのように取り扱えるものだと信じていた無敵の16歳は、ついに、自分では太刀打ちできない強大な感情にとらわれて、夜も昼も、一人の時間は苦しみに悶え、火のついた体を持て余すようになった。

--

王様も、姫の様子がおかしい、と少し心配になって様子を見に来るのだが、お姫様はその都度、毅然とした態度で王様を追い返す。

そうして、ついには、手紙を書く事にした。

その内容ときたら、恥かしくなるぐらいのもので。

「あなたが好きなんです。」
と。

「夜も眠れません。」
と。

「あなた様に、一晩中、宇宙の、天体の話を聞かせていただきとうございます。」
と。

書いてみて。

そうして、勇気を出して、その手紙を隣国の王子に届けさせた。

王子からの返事が来るまでの日々の、これまた長い事に閉口したお姫様は、葡萄酒を飲み過ぎ、美しい家臣をベッドに幾人もはべらせて。尚も満たされない心は、自分の自堕落な生き方を恥じるばかりで。

そのうち、王子から返事が来た。

「あなたの気持ちは確かに受け取りました。だが、私には、愛している女性が他におります。その女性とは、身分が違うため、一緒にはなれないですが、私の心は一生彼女に捧げるつもりです。」
と。

お姫様は、泣いて。

だが、突如立ち上がると、家来を呼んで、王子の惚れた女性の居場所を探すように命じた。

--

貧しいその女性が住む家に、お姫様は、薄汚い布を身にまとって訪ねる。

「お水を一杯いただきたいの。それから、少し休ませてくださいな。旅の途中で疲れてしまって。」
「それはお気の毒に。」

お姫様はその瞬間、怒りすら覚える。

美しくもないその女。

ぼんやりとした目。

本もろくに読んだことのなさそうな、その女。

王子はどうしてこの女を気に入ったのだろう?

お姫様は、コップを持つ手も震える。

それすら、屈辱で。なぜなら、お姫様は、それまで、どんなに美しい女性を見ても、自分と比べたら物の数ではないわ、と、感情を乱されたことがなかったから。

「大丈夫です?」
女は、問うた。

「ええ。大丈夫。このお水を飲んだら、すぐに行きますわ。」
と、震える手は、半分以上も水をこぼしてしまった。

「それではどうも、ありがとう。」
お姫様は、女に見送られて、そのみすぼらしい部屋を出る。

女が最後に、お姫様に言う。
「あなた様がどうしてうちにいらっしゃったか分かりませんが。並のお方でないことは分かります。その、優美な仕草は、この辺りの人間とはまったく違います。」

お姫様は、ハッとして。
「そう。お分かりになったのね。あなたの愛する人と同じような誇りを持つ立場の人間よ。」
と、微笑んだ顔は、もう、天使のようにやさしく。

女は、顔を赤らめる。

お姫様は、最後までその美しい笑みを絶やさず、女の前を去る。

心の中は悲しみとも怒りともつかない感情が渦巻いて、今にもそこにしゃがみ込んで吐きそうになっていたのだが、それを顔に出すことは、お姫様の立場が許さなかったのだ。

--

お姫様は、自分の城に戻り、ベッドに伏せる。

大声で泣くことすら、お姫様の誇りが許さない。

その高い高い誇りも、たぐい稀なる美貌も、財産も地位も、何もかもを捨てたところで、所詮は誰か一人の人間の心を手に入れることはできないのだ、と、お姫様はよく知っている。

お姫様の旅に同行した家臣が心配で見に来る。
「大丈夫ですか?」

お姫様は、うなずいて。その、名高い、美しい顎をツンと上げたまま。その美しい家臣に言う。
「今夜、私の部屋に来て、相手を。」

家臣は、思わぬ光栄に預かれることに顔を輝かせて、頭を深く下げる。

お姫様の胸がまた、チクリと痛む。


DiaryINDEXpastwill
ドール3号  表紙  memo  MAIL  My追加
エンピツ