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セクサロイドは眠らない
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| 2002年06月09日(日) |
強大な感情にとらわれて、夜も昼も、一人の時間は苦しみに悶え、火のついた体を持て余すようになった。 |
そのお姫様は、国の、どの娘よりも美しく、賢く、気高く、優美だった。
完璧なマナーを教え込まれ、どんな場所でも臆すことなく落ち着いて振舞う。
それはもう、天性のものとも言える。
だが、同時に、お姫様は、かなり自由に振舞うことも可能だった。つまり、籠の中の鳥ではないのだ。
自分の中に女性の欲望が芽生えると、城の専属の主治医に相談しながら、体調を完璧に保ちつつも、その肉の欲望を満たすために楽しむことも覚えた。
そう。
お姫様は、最高の存在である自分に満足していたし、誰に対しても無敵だと信じていた。
だが、どんなに完璧な人間にとっても、それを一瞬にして打ち崩す感情にとらわれることがある。その名も「恋」。
隣国の王子がその国を訪ねて来た時、お姫様は、ひと目で彼が好きになった。本当にそれは理屈抜きの感情で。どこが好きなのだろう。その知性?その容姿?その鍛え抜かれた体?何より、その声。落ち着いた、深みのある声。
その声で、たとえば、王子が興味を持ってやまない、天文学の話などを聞いているだけで、お姫様はうっとりとして、下半身から力が抜け、そこから動けなくなってしまうのだ。
たとえば、お姫様は、気持ちを告げる事も可能だった。身分違いというわけでもない。美貌と知性では、そこいらのどんな女にもひけを取らない。
それでも、お姫様は、その事を隣国の王子に告げることができなかった。自分でも、なぜか分からなかった。それまでのお姫様なら、好ましい男には、自分から欲望を告げることも簡単だったから。そうして、相手が断らないことも、また、確信していた。お姫様は、そこいらの駆け引きについても、充分に長けていて。
あまりに自信に満ちた女では男性が逃げ腰になると思えば、控えめに恥らって見せる術さえ知っていた。
ともかくも、恋すら、ゲームのように取り扱えるものだと信じていた無敵の16歳は、ついに、自分では太刀打ちできない強大な感情にとらわれて、夜も昼も、一人の時間は苦しみに悶え、火のついた体を持て余すようになった。
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王様も、姫の様子がおかしい、と少し心配になって様子を見に来るのだが、お姫様はその都度、毅然とした態度で王様を追い返す。
そうして、ついには、手紙を書く事にした。
その内容ときたら、恥かしくなるぐらいのもので。
「あなたが好きなんです。」 と。
「夜も眠れません。」 と。
「あなた様に、一晩中、宇宙の、天体の話を聞かせていただきとうございます。」 と。
書いてみて。
そうして、勇気を出して、その手紙を隣国の王子に届けさせた。
王子からの返事が来るまでの日々の、これまた長い事に閉口したお姫様は、葡萄酒を飲み過ぎ、美しい家臣をベッドに幾人もはべらせて。尚も満たされない心は、自分の自堕落な生き方を恥じるばかりで。
そのうち、王子から返事が来た。
「あなたの気持ちは確かに受け取りました。だが、私には、愛している女性が他におります。その女性とは、身分が違うため、一緒にはなれないですが、私の心は一生彼女に捧げるつもりです。」 と。
お姫様は、泣いて。
だが、突如立ち上がると、家来を呼んで、王子の惚れた女性の居場所を探すように命じた。
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貧しいその女性が住む家に、お姫様は、薄汚い布を身にまとって訪ねる。
「お水を一杯いただきたいの。それから、少し休ませてくださいな。旅の途中で疲れてしまって。」 「それはお気の毒に。」
お姫様はその瞬間、怒りすら覚える。
美しくもないその女。
ぼんやりとした目。
本もろくに読んだことのなさそうな、その女。
王子はどうしてこの女を気に入ったのだろう?
お姫様は、コップを持つ手も震える。
それすら、屈辱で。なぜなら、お姫様は、それまで、どんなに美しい女性を見ても、自分と比べたら物の数ではないわ、と、感情を乱されたことがなかったから。
「大丈夫です?」 女は、問うた。
「ええ。大丈夫。このお水を飲んだら、すぐに行きますわ。」 と、震える手は、半分以上も水をこぼしてしまった。
「それではどうも、ありがとう。」 お姫様は、女に見送られて、そのみすぼらしい部屋を出る。
女が最後に、お姫様に言う。 「あなた様がどうしてうちにいらっしゃったか分かりませんが。並のお方でないことは分かります。その、優美な仕草は、この辺りの人間とはまったく違います。」
お姫様は、ハッとして。 「そう。お分かりになったのね。あなたの愛する人と同じような誇りを持つ立場の人間よ。」 と、微笑んだ顔は、もう、天使のようにやさしく。
女は、顔を赤らめる。
お姫様は、最後までその美しい笑みを絶やさず、女の前を去る。
心の中は悲しみとも怒りともつかない感情が渦巻いて、今にもそこにしゃがみ込んで吐きそうになっていたのだが、それを顔に出すことは、お姫様の立場が許さなかったのだ。
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お姫様は、自分の城に戻り、ベッドに伏せる。
大声で泣くことすら、お姫様の誇りが許さない。
その高い高い誇りも、たぐい稀なる美貌も、財産も地位も、何もかもを捨てたところで、所詮は誰か一人の人間の心を手に入れることはできないのだ、と、お姫様はよく知っている。
お姫様の旅に同行した家臣が心配で見に来る。 「大丈夫ですか?」
お姫様は、うなずいて。その、名高い、美しい顎をツンと上げたまま。その美しい家臣に言う。 「今夜、私の部屋に来て、相手を。」
家臣は、思わぬ光栄に預かれることに顔を輝かせて、頭を深く下げる。
お姫様の胸がまた、チクリと痛む。
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