セクサロイドは眠らない

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2002年06月07日(金) 男が私の濡れた場所に指を埋めてくるから、私は、ただ、黙って、そこを溢れさせていただけだった。

「なあ。何が欲しい?」
「なんにも・・・。」
「分かってるけどさ。お前が何も欲しがらないことは。でもなあ。なんかしてやりたいんだよなあ。」
「いいよ。本当に。」
「じゃさ、お前が観たがってたヤツあるだろ。映画。アレ、観に行こう。今度の日曜日。」
「映画は一人で観るのがいいって言ってたじゃん。」
「いんだよ。」

男がこういう事を言い出したら、そろそろこの関係も終わりだ。

私は、肩に回された手をそっと外すと、服を着始める。

「帰るの?」
男は慌てて自分も起きて、服を探し始める。

「寝てていいよ。」
「送ってくわ。」
「いいったら。」
「駄目だって。危ないからさ。」

男があんまり一生懸命なので、私は苦笑して、
「分かった。送って。」
と言って、笑って見せる。心配ないよと笑って見せる。

「じゃ、今度、日曜な。」
「ん・・・。」
私は、男の車を降りる。

男の不安は当たっている。私は、もう、男には電話をしないだろう。また、携帯の番号変えなくちゃ。2000円掛かるんだよね。番号だけ変えるのって。もう、何回目かな。番号変えるの。

--

某月某日

雨の中で、激しく頬を打たれて、今日も私は立ち尽くす。

その男の顔をつたうのは、雨だろうか。涙だろうか。

「なんでだよ。なんで分かんないんだよ。」
男が叫ぶ。

あんたこそ、なんで分からないかな。

--

某月某日

曇った日、悲しい目をした男に抱きすくめられて。

「愛を知らないきみがかわいそうでならない。」
と言われる。

何も答えないで黙っていた。

「とうとうきみに愛を教えてあげられなかったね。」
と、あんまりも残念そうに言うから。

ばいばい。そこでそうして、自分に酔ってなさい。

--

某月某日

そろそろ、このアパートも引っ越さなくちゃ。

始めるのは簡単だけど、終わらせるのはどうしてこんなに手間なんだろう。

私は、今日も逃げる。何から?変わらないものがあると、つい信じてしまいそうになる自分から。

誰かの携帯電話の番号も、覚えないようにして。風邪で熱っぽい日、仕事で失敗した日。つい誰かに電話してしまいたくならないように。

なんでって。

別に理由はない。

いつもそうやってきたし、これからもそうやって、私は生きて行く。

そんだけ。

--

私は、体だけの関係を求める。

なぜって聞かれても、理由はない。

昔っからそうだった。もちろん、最初の頃は違っていたのだろう。男のために泣いたりしたことも、確かあったはずだ。

だけど、だんだんと自分が欲しいものが分かって来たから。

私は、自分の欲しいものだけを要求する。

体の快楽を。

それだけ。

愛だとか、恋だとか。お互いが飽きるほど体を貪り合ったなら、相手がそんなことを言い出す前に別れる。

--

「どうして、逃げんだよ。」
仕事帰り、電車に乗ろうとして、いきなり腕を掴まれる。

終わりにしたつもりの男が、立っていた。

「痛い。」
私が眉をしかめると、男は慌てて手を離す。
「ごめん・・・。」

思った以上に強く掴んでいたことに、一番驚いていたのは、男自身のように見えた。
「また、逃げると思ったから・・・。」
「逃げるなんて。」
「言い方悪いの分かってるけど、電話も繋がらなくなるしさあ。」
「・・・。」
「終わりにしたかったのなら、そう言ってくれれば良かったじゃないか。黙って、勝手にヤメにするなんてありかよ。」

ほら。あなた、今、私のこと責めた。

「日曜にさ。お前の観たいって言ってた映画のチケット二枚買ってたんだよ。馬鹿みたいにさ。だから、行きたくないならそう言ってくれれば良かったのに。約束なんかするから。」

約束なんかしてない。そっちが勝手に決めただけ。
「映画代、返そうか?」
「そういう問題じゃないだろっ。」

そういう問題じゃないよね。あんただって分かってるでしょう?

あたし、言ったよね。面倒は苦手だって。付き合い始めの頃。初めて、寝た夜。私は、ベッドで最初に言っておいたのに。恋とか苦手だって。

でも、こういうことは好きなんだろ?って、男が私の濡れた場所に指を埋めてくるから、私は、ただ、黙って、そこを溢れさせていただけだった。

言葉は嫌い。

あの時、ああ言ったじゃないか、とか。

そういうことばっかり覚えていて、責められるから。

そう。責められるのとか怒られるのとかも、嫌いって言ったんだったっけ。そうしたら男は、「誰だってそうだよな。」、って笑って。「大丈夫だよ。お前を責めたりなんかしないからさ。」って笑ったんだった。

なのに、やっぱり。

私は、軽く溜め息を付く。

「もう、俺のことが嫌になったのかよ。」
「最初から、付き合うとか、そういうのヤだって言ってたじゃない。」
「だけど、さ。気も合うし。体だって。いい感じだっただろう?」
「そうかもしれないけど。」
「なんでだよ?急に。俺、お前のこと、束縛したりするつもりないんだよ。お前が好きなようにしてくれたらいいんだって。」
「・・・。」
「だけどさあ。急にいなくなるのだけはヤメてくれよ。」
って、男が泣き出すから。

なんなのよ。そういうのやめてよ。

私は、走る。人をかき分けて。

--

いろんな反応をする男がいた。

怒り出す男。

泣き出す男。

困惑する男。

さげすんで見せる男。

最初は、それでも、私も分からなかったから。謝ったり。なだめたり。泣いてみせたり。そんなことしてみたりしたけど、結局面倒になって、どれもやめた。

なんでって聞かれても、答えようがない。理由なんてない。

体だけ。

他に何も要らないから、私にも何も求めないで欲しいの。

それだけのことを伝えるのは、どうしてこんなに難しいんだろう?

やり方が下手だったのだと思った。体目当ての女に、愛だの恋だのとすがれらて辟易とする男の話はよく聞いていたから。私みたいな女は丁度いいと思っていた。だけど、そういうわけにもいかないことに気付いて。

最近は、ちゃんと言わなくちゃって思い始めた。言わないでいると、勝手に都合良く解釈されるもんだから。

「あたしは、あなたの体だけが目当てなんだよ。」
ってね。

そうしたら、大概の男は、微笑んで。
「分かってるよ。それだけを楽しもう。」
って言ってくれるくせに。

いつのまにか、話、それじゃ、違うよって思う。どうしていつも、失敗しちゃうんだろう。

--

私は、逃げて、逃げて。走り過ぎて。くたびれて。脇腹が痛くなって。しゃがみ込む。

「あの。大丈夫ですか?」
誰かが声を掛ける。

その、見知らぬ誰かの唇が。顎から首筋にかけてのラインが。セクシーだと思った。

「あの。できれば、手を貸してもらえると・・・。」
私は、わざと辛そうな顔を向けて、男に体を預ける。

ゴメンナサイ。急いでなければちょっとだけ。本当にちょっとだけでいいんです。たくさんは要らないから、体を貸してくださいと。心の中でオネガイをする。


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