セクサロイドは眠らない

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2002年06月04日(火) 僕は返事の代わりに、妻を抱き上げて寝室のベッドまで運ぶ。待ちきれず、妻が僕の服を脱がせにかかる。

妻が自室にこもって出て来ない。

もう少し、待とう。

10分・・・。

15分・・・。

駄目だ。もう待てない。

僕は、妻の部屋のドアをノックする。返事がない。ああ。もう・・・。

僕は、ドアを開ける。

ガチャッ。

「きゃっ。もうっ。何よ。」
妻が、怒ってこっちを振り向く。

「あ。ごめん。忙しかった?返事がなかったからさあ。」
「何?何の用事?」
「別に用事はないんだけど。」
「じゃ、ちょっと待っててよ。」
「う、うん・・・。分かった。」

--

しばらくして部屋を出て来た妻は、明らかに怒っている。

「ねえ。怒ってる?」
「ん。まあね。」
「何してたの?」
「無駄毛のお手入れ。」
「え?」
「んもー。分かってないのねえ。女の子って、一人になってあちこち手を入れる時間が大事なのよ。」
「ご、ごめん。」
「もう。あなたったら。いつもそうよね。あたしがちょっとでも見当たらないと、うるさいんだもの。友達の子供がさあ、最近後追いが激しくて、おちおちトイレにも入ってられないって言ってたけど、あなたも一緒よね。」
「だから、ごめん。」
「いいけどさ。他の人には言えないわよねえ。あたしの友達であなたに憧れてる人も多いのよ。営業課で一番のモテ男が、実は、妻の姿がちょっとでも見えないと探し回る甘えん坊さんだとは、誰も思わないわよね。」

妻は、機嫌が直ったのか、ちょっといたずらっぽい顔をして、僕の顔をいきなり両手ではさむとキスしてくる。
「好きよ。」
「僕も。」
「あなたの、そうねえ・・・。顔が好き。」
「顔だけ?」
「ううん。全部が好きだけど。いつ見ても、ほれぼれするようないい男っぷりよね。」

僕は、笑い出す。正直で、何事もはっきりと物を言う妻が大好きだ。

「ね。しようよ。」
妻は、甘えたように言う。

僕は返事の代わりに、妻を抱き上げて寝室のベッドまで運ぶ。待ちきれず、妻が僕の服を脱がせにかかる。

「そう慌てるなよ。」
「だって。あなたの体も大好きなんですもの。張り詰めた皮膚。その下にある筋肉。ね。後でジムに行ってウェイトトレーニングしましょうよ。」
「うん。」

妻は、美しい男が大好きで、僕は、その妻の審美眼にかなって、見事妻に選ばれた男になったのだ。

僕も、妻の体を点検する。妻の体も、どこにも隙が無く、美しい。僕は、妻の腋に、ビキニラインに口づける。

そう。きみは、いつだって美しい。

だけどさ・・・。

--

妻は、夕飯の後、友達から電話が掛かって来たとかで、ちょっと出掛けてくると言った。

「ああ。行っておいでよ。気をつけて。」
僕は、快く送り出す。

別に、僕は、妻と片時も離れたくないわけではないのだ。僕が気になるのは、家にいる時の妻。

そうして、僕は、今一人。自分の部屋で、コレクションのジャズを聴きながら、いい気分だ。

夕飯にしこたま飲んだワインが効いて、少しウトウトしてしまう。

妻は、車で一時間ばかりかかる場所まで行っている。男は、家の中に妻がいないと、妙な解放感を感じるものだ。

ピンポン。

玄関のチャイムが鳴る。

僕は、ハッとして飛び起きる。そうして、慌てて鏡を見る。

ああ・・・。

そこに映っているのは、恐ろしい顔。ダラリと崩れて、流れ落ちて行きそうな皮膚。もはや、その弛緩した皮膚は、僕の目も鼻も支えられず、僕の目鼻は、首筋のほうまで落ち掛かっている。

ピンポンピンポン。

玄関では、うるさくチャイムが鳴らされる。

落ち着け、落ち着け。

僕は、精神を集中する。すると、僕の皮膚は、少しずつ張りを取り戻し、目や鼻はしかるべき位置に戻って行く。

もう、いいか。

ほぼ、いつもの自分の顔だ。

いや、まだだ。もう少し。肌の張りが。

僕は、両手で、顔の皮膚をパンパンと叩く。

よしっ。これで、いい。

僕は、慌てて階下に降りる。

そこには、妻。少々不貞腐れた顔で。
「何、やってたの?」
「ああ。ごめん。ちょっとワイン飲み過ぎでウトウトしてたんだ。」
「ならいいけど。エッチなビデオでも見てるのかと思っちゃった。」
「まさか。で?早いね。」
「うん。実は、ね。友達が婚約者連れて来るって言うからさあ。じゃ、うちはダンナを連れて行くわ、って言っちゃったのよね。だから、着替えて。」
「分かったけどさあ。きみの友達に付き合うのって疲れるんだよね。」
「うーん。そこをお願い。だって。あなた、私の自慢の夫なんですもの。」
「分かったよ。ネクタイはどれがいい?」
「この前買ったやつにしてよ。黄色は、あなたの日焼けした肌にピッタリなんですもの。」
「じゃ、待ってて。」

僕は、自室に駆け込み、妻の気に入りのスーツを出して急いで着替える。

クローゼットの鏡をチラリと見て、いつもの美貌が健在なことに安堵する。

それにしても。

最近、油断すると、すぐ崩れるようになって来た。元に戻す時間が、やけに掛かるようにもなった。困ったことだ。そのうち、妻の前でボロを出すのも時間の問題じゃないかと思う。結婚して、すぐに、部屋を別々にしようと提案したのは正解だった。

僕以外の人間も、みんな崩れているんだろうか?

妻は?

僕は、妻が自分の部屋に入ってしまうと、気になってしょうがない。

部屋でいつも、何してる?

僕は、夢想する。

ある日突然部屋を開けると、妻がぐにゃぐにゃに崩れてそこにいて。僕に見られたことを恥じて悲鳴を上げる。僕は大丈夫だよ、と、微笑んで。そうして、僕もぐにゃぐにゃになり。どこからが妻で、どこまでが僕か分からない体を絡め合って。

それは、何だかとても素敵ではないだろうか。

だから、僕は、妻が一人で自室にいると、覗かずにはおれない。若干の期待を込めて。

「あなた、まだー?」
妻が、イライラとした口調で聞いて来る。

「今、行くよ。」
答えながら、もう一度鏡を見る。

いかん。また、緩み始めていた。僕は、鏡の自分をぐっとにらんで、瞬時に顔を引き締めてから、階下に降りて行く。


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