セクサロイドは眠らない

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2002年06月03日(月) そっと寝室の窓の下で耳を澄ます。どこか艶っぽいような、彼女の声が、とぎれとぎれに聞こえる。

「ねえ。今夜はゆっくりしてってくれるんでしょう?」
しなだれかかってくるシルビアの手をそっとはずす。

「相変わらず、冷たいのね。」
シルビアは、ふふ、と笑う。

「ああ。すまん。」
「まったく憂鬱そうな顔してんじゃないわよ。まったく、恋した男なんて始末に負えないんだから。」
「悪いな。」
「じゃ、来なきゃいいのに。」
「そういうわけにも行かないんだよ。」
「いいわ。あたしで良ければ、いつだって相手になってあげる。まだ、もう少し、あたしがあんたに惚れてる間だけ、ね。」
「帰るわ。」
「うん。」

僕は、夜道をトボトボと帰る。自分の家なんだから堂々と帰ればいいのだが。

そうして、僕は、意を決して家に入る。

「あら。おかえりなさい。遅かったのね。夕飯、用意してあるわ。」
彼女は、あっけらかんと笑って、僕を見る。

くそ。この輝くばかりの笑顔の理由、分かるぞ。多分、さっきまであいつと電話してたんだろう。なあ。そうだろう?そんなことを考える自分も嫌で、僕は、黙って夕飯を食べる。

全く、僕も情けない男だ。彼女の心が他の男に奪われそうだからって、いつもいつも不機嫌をばらまいて歩いている。彼女が嬉しそうにしていれば、彼女の恋の順調さを思って嫉妬に狂い、彼女が悲しそうにしていれば、彼女を悲しませる男への怒りが抑えられない。

「さきに、寝るね。」
彼女は、僕に一言声を掛けて、さっさと寝室に行ってしまう。今夜は、あいつの夢でも見るんだろう。

僕が寝室に入った頃には、彼女は、スースーと幸福な寝息を立てている。

僕は、そっとベッドの隣に入ると、彼女の顔に口づける。

「んん・・・。くすぐったいよ。」
彼女は、寝ぼけて僕の顔を払いのけると、向こうに寝返りをうってしまった。

僕は、その夜も、眠れない。

ああ。だけど、きみを愛している。誰よりも。ずっとこうやって寄り添って来た。だから、お願いだ。きみの恋が早々に終わりを告げますように。そうして、僕の胸で泣くといい。

--

「で?やっぱり、男が出来たみたいなの?」
シルビアが聞いてくる。

「うん。多分。」
「あれこれ嗅ぎ回るのはやめなさいな。」
「分かってるよ。だけど、しょっちゅう長電話をしてるのは、事実だし。」
「何しゃべってるの?」
「分からないさ。彼女、部屋のドア閉めて電話するから。だけど、すごく楽しそうだ。」
「あらら。」
「俺、もうすぐ捨てられそうだ。」
「まだ決まったわけじゃないんでしょう?」
「ああ。だけど、いざとなったら、さっさと身を引く決意はできてるんだ。」
「彼女、愛されてるのね・・・。」
「当たり前だよ。もう、産まれ落ちた時からずっと、彼女を愛する定めだったのさ。」
「男のロマンティックには付き合ってらんないわねえ。」

シルビアは、今日も、念入りに爪の手入れ。僕は、そのそばで憂鬱な顔。

「なあ。俺達も、随分長い付き合いだよな。」
「そうね。」
「悪いと思ってんだ。こうやって、落ち込んだ時だけお前に頼るの、俺の悪い癖だよな。」
「いいのよ。」

シルビアの顔は向こうを向いていて分からないけれど、多分、心の中で泣いている。ああ。なのに、僕はなんで自分に相応の女を愛することができないんだろう。

「帰るわ。」
「ん・・・。」

--

僕は、家に入ろうとして、ハッと足を止める。アパートの前に見知らぬ車。カーテンの向こうに、彼女以外の人間の影。

そっと寝室の窓の下で耳を澄ます。

どこか艶っぽいような、彼女の声が、とぎれとぎれに聞こえる。

僕は、入るに入れず、庭に身を潜めて。

いや。僕は堂々としていればいいんだ。ここは僕のうちでもあるんだから。そう思ってみるけれど、結局、僕はそこから動けない。

ずいぶんと長い時間そうしていて、ようやく表のほうで、彼女と誰かが別れの挨拶を交わす声が聞こえてくる。

それから、車の走り去る音。

男が帰ってすぐに家に入るのは不自然なので、僕は少し時間を置いてから家に帰る。

「あら。お帰り。今日はちょっと早いのね。」
微笑む彼女の顔は、桜色に輝いて。びっくりするくらい美しい。

そろそろ、身を引く時が来たようだ。

僕は、そう。いつだって用意していた。別れの言葉。君に会ってから、いつかそういう日が来るってずっと分かってた。

そんな僕の悲しそうな視線に気付いたのか、彼女もちょっと悲しそうな顔になって。
「ねえ。私、あなたに言わなくちゃいけないことがあるの。」

分かってるって。

「私、最近親しくお付き合いしている人がいてね。もう、彼とは離れられないの。だから・・・。その。」
彼女は、言いながら、涙を流し始める。

僕は、唇をつけて、その涙をぬぐう。

「今度、彼と一緒に暮らそうと思うんだけど。そのアパート、ね。猫、飼えないのよ。だから・・・。ゴルビーは連れて行けないの。」
彼女は、ワッと泣き出して、僕を抱き上げて泣きじゃくる。

分かってたさ。僕は、猫だ。きみを幸せにはしてやれないってね。だから、泣くなよ。ねえ。お願いだからさ。僕は、彼女の涙で毛が湿ってくるのを感じて。自分も泣いてるみたいな気分になった。

「あなたを飼ってくれるとこ、ちゃんと探すからね。ごめんね。」

いいよいいよ。僕のことはいいからさ。僕のことは、自分でなんとかできるって。

--

「で?」
シルビアは、不機嫌そうに訊ねる。

「だから・・・。その・・・。今日が彼女の引越しの日なんだ。」
「いいわよ。分かったわよ。一緒に行ってあげるわよ。」
「すまん。」
「ったく、最後の最後まで。」

僕は、銀色の毛並みのシルビアと連れ立って、僕と彼女が住んでいたアパートに行く。

もう、トラックが次々と荷物を運び出していて。

彼女は、僕を見つけると、本当に嬉しそうな顔をして、
「ゴルビー!」
って大声で呼ぶから、僕はちょっと恥かしい。

シルビアが、僕についと寄り添って来る。

「あら。彼女?素敵。いつの間に、こんな美人さんと仲良くなったの?」
彼女は、僕らを交互に見て。

「なら、安心ね。」
彼女は、ちょっと寂しそうに微笑む。

違うんだ。これは、ほら。ほんの友達でさ。僕、本当に愛してんのは、生涯きみだけだから。

「猫、いたのかい?」
彼女の背後から、男の声がする。

あんたか。僕の可愛い恋人を奪った憎い男は。

「うわ。可愛い猫だなあ。僕、案外と猫、好きなんだよね。」
なんて、さわやかな笑顔で僕を抱き上げるから。

わわ。やめろ。なんて少し暴れてみたけれど。

彼女が素敵な男と一緒になるみたいでちょっと安心だ。

「じゃあね。」
彼女は、僕らに挨拶を。

ミャ〜。

僕は、できるだけ平気なふりで、見送る。

幸せのトラックは走り去る。

「僕らも帰るか。」

シルビアは、ふふ、と笑って。
「あたしも一緒にいて、いいの?」
「ああ。この憂鬱な男に付き合ってくれる勇気があるならね。」
「慣れてるもの。」

僕らも、精一杯幸せそうなふりをして、道端の虫を追い掛けたりしながらふざけて帰る。


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