セクサロイドは眠らない

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2002年06月02日(日) 「さて。こんなことをするのは久しぶりだな。お前を満足させるのは無理かもしれない。」私は、言い訳めいたことを言いながらも、

うるさい。

なんてうるさいんだ。

私は、エアコンなどという近代的なものもない部屋の中で、汗びっしょりで目覚める。畳の上に敷いた煎餅布団の上で、蝉の声で目覚める。

やれやれ。ここは、住宅街から少し離れたこの場所は、住むには静かでいいのだが、唯一、裏山から聞こえる蝉の声で、夏になるとうるさくてしようがない。

私は起き上がって、洗濯物の中からタオルを取ると、首筋の汗を拭く。

窓を開ける。

蝉の声が一段と増して飛び込んでくる。

やっぱりうるさいか。再び窓を閉める。

夜眠れないせいで、昼間も眠気が抜け切らない。私は、年代ものの扇風機を回して、もう一度眠りに就く。

--

「あんた、誰?」
私は、起こされた不機嫌から、つい語調がきつくなる。

「あなたのお母様から頼まれて。」
女は、黙って私の部屋にズイズイと上がってくる。

「ちょっと待ってくれよ。」
「用が済んだら帰りますから。」

大人しげな癖に、妙にきっぱりとした態度で物を言うから、私は、それ以上何も言えずに女を家に上がらせてしまう。

「暑いだろう?だが、ここは、エアコンとやらもないんでね。」
「これくらいが丁度いいですわ。窓を開けるといい。山の風が入ってくる。」
そうやって、女はさっさと窓を開ける。

「じゃあ。これ。お母様から。」
手荷物の中から、いくつか包みを取り出して。それは全て山で取れたようなものらしかった。

「どうも。はるばるすまなかったね。」
「いいえ。あなたさまにも会いたいと思ってましたから。」
「それはまた、どうした理由で?」

女は答えないで私をじっと見つめている。美しい女だ。肉感的な体。顔には汗で貼りついた後れ毛が。

私は、その時、その女の存在感に圧倒されて。

「ああ・・・。そうだったな。」
私は、自分でも分からぬ返事をしながら、女の手首を掴む。そうして、私が敷きっぱなしの煎餅布団まで連れて行くと、女は自分から服を脱ぎ始める。

「さて。こんなことをするのは久しぶりだな。お前を満足させるのは無理かもしれない。」
私は、言い訳めいたことを言いながらも、手早く自分の服も脱ぐ。痩せた貧相な体が恥かしかったが、下半身は自分でも驚くことに、つまらない心配は無用の状態だった。

「いらして。」
女は、相変わらず、肝の座った声で言う。

「ああ。」
私は、女の上にかぶさる。

「夏だけだもんね。」
女は言う。
「そうだな。」
私は答える。

無言のまま、交わる。

ただ、欲望に任せて。

この女は、いつまでも一人身の私を心配して、母が寄越したんだろうか?と、ふと思ったりした瞬間。

ああ・・・。ああ・・・。

と、泣くような声を出して、女がその腰を激しく動かすから。

あっ・・・。

私は、抑える暇もなく女の中に放出してしまう。

「ありゃりゃ。」
私の声は実に間抜けだった。

「良かったわよ。」
女は表情を変えずに言う。

「出しちゃって大丈夫だったかね。」
「ええ。」

照れている私を見て、女が初めて少し微笑んだ気がした。

--

大体、冴えない感じで生きて来た。女も、たまに街に出て買うぐらいだったし。だが、人間が淡白というか、それでさして不自由もしなかった。結婚したいとも思わなかったし、そんな風に、淡々と生きて、それで人生が終わればいいと思っていた。

もちろん、女を抱く時も、その女を格別にいとおしいと思ったこともなかった。

それでいい。そんなものだ。

誰かが来て、「それでいいのか?」と問い詰めて来たところで、その程度の事しか答えられなかっただろう。

--

夜になっても、女は帰るとも言わず、黙って水浴びをした後の火照った体ですりよって来た。

私は、ちょっと不安だったが、昼間と同じように、私の体は簡単に反応し、女は、また艶っぽい声を上げ、そうして、あっさりとお互いに満足を得てしまうのだった。

翌朝も。昼も。夜も。女は、時折裏山のほうに散歩する以外は、どこにも行かなかった。

この場合、「狂ったように」という表現は当たらない。ただ、黙々と、淡々と、私達は事に励んだ。

もともと自由業みたいなもので、月の半分も働けば充分食べて行ける私は、働きもせず、女の欲望に付き合った。まるで、私の人生の一生分の欲望を使い果たそうとするかのように、私は、女が誘って来ない時は、自分のほうから布団へと女を招き寄せた。

そうやって、七日七晩。

七日目の夜。私達が交わった後、女はふと顔をあげて。妙にさっぱりとした顔をして。

「お世話になりました。」
と、頭を下げた。

私も、黙って頭を下げた。

もう、夜遅くて、電車もないだろうに。女は、身繕いを整えると、すたすたと夜の道を歩いて帰って行ってしまった。

--

なんだったのだろう。

私は、翌日、田舎の母に電話してみる。

「ああ?」
耳の遠い母は、何度説明しても私の言うことが理解できない。

「女?いんや。知らんよ。」
母の言葉で、私はやっぱりと思って電話を切る。

あの女は蝉だったのだ。と思う。

いや。なんの根拠もない話だが。

私は、窓を開け、蝉の声を入れる。いつの間にやら、この、蝉の声がうるさい家から、どこにも行きたくなくなって。ここで死ぬことができたら幸せだと思う私がいた。

あの女は本当に蝉だったのかなあ。

もう一度考えてみる。

だが、そんなことは、すぐにどうでも良くなって。女を恋しいとは思わなかった。あれ以上、長居されちゃ、身が持たんしな。

私は、相変わらず、年代物の扇風機をつけて、トロトロとまどろむ。木の枝に産みつけられた卵の夢を見る。


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