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セクサロイドは眠らない
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| 2002年05月31日(金) |
草むらの中で私達は、抱き合う。私は、そのたくましい腕に組み伏されて、幸福の涙を流す。そうして。 |
馬鹿みたいだと思うけれど。誰にも言えないけれど。私は、ウサギのくせしてライオンが大好きなのだ。あの黄金のタテガミ。なんて素敵。
幼い日の思い出。
私はライオンの少年と遊んでいた。夢中になって。ライオンの少年は、その牙が私を傷つけないように、そっと耳のふちを噛んでくるから、私はクスクスと笑っていた。
母さんの金切り声を聞くまでは、そうやってじゃれていた。
母さんの顔が、あんまりにも怖いから、私は慌てて母さんの元に駆け寄った。ライオンの少年はとても寂しそうな顔で私を見ると、くるりと背を向けて走り去ってしまった。
あれは夢だったのだろうか。
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私は、大人になっても、やっぱりライオンが好きだった。
「そろそろ、結婚して子供の顔を見せてちょうだいよ。」 って母さんに言われるけれど、私は、絶対結婚なんかする気はなかった。
だから、私は家を出て、ライオンになった。正確にはライオンの皮をかぶって生きて行くことにした。
そうして、一番強くて、動物という動物の上に立つライオンの元に行って、身の回りの世話をさせてください、とお願いした。
ライオンは、ジロリと私を見て言った。 「私は、身の回りの世話でさえ、誰にも任せたことはないんだ。」 「そうおっしゃらずに、お願いします。あなた様に憧れて、はるばる来たのです。」 「悪いが・・・。」
私は、ライオンの目を間近で見て、ハッとして、問う。 「あなた様もしかして、ずっと以前ウサギの子供と遊んだこと、ございませんか?」 「ウサギだと?」
ライオンは、ものすごい目をして、私をにらんだ。 「ウサギは嫌いだ。大嫌いだ。臆病で。逃げ足だけ速くて。」
「申し訳ございません。余計なことを言いました。」 恐ろしくて震えながら、言う。
「いいぞ。」 「え?」 「私の身の回りの世話をするがいい。」 「どうしてでしょう?」 「私がウサギを大嫌いなことは、ここいらの者は皆知っていて、決して口にしようとしないが、お前は、平気で私に話し掛けて来た。その真っ直ぐな瞳と勇気でもって私に仕えてくれ。」 「は、はい・・・。」
私は、全身から汗が噴出すのを感じる。敏感で、賢い、獣達の王。もし、私が実はウサギだとバレたらどうする?私は、背中をそっとさぐる。ファスナーは毛に隠れて見えてない。
大丈夫。
もし、バレたら?
その牙で。その爪で。殺されるのも本望だから。
私は腹をくくって、その足元にひざまづく。 「一生懸命、お仕えしますわ。」
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それから、私は、王に寄り添って生きた。
夜、そのタテガミを整えるのは、誇りに満ちた仕事だった。
「なあ。」 ライオンは、目を閉じて、言う。
「なんでしょう?」 「お前は、まだ若く美しい雌だ。恋もしたかろう。いいんだぞ。たまには遊んで来ても。」 「いいえ。私は、あなた様にお仕えするって決めたんですもの。このままで充分ですわ。それより、あなた、こうやって一人で生きて行くのは寂しくありませんの?」 「寂しい?そんなこと、考えたこともない。私は、王だ。そんなことを考えて、誰かに心を預けた途端、私の座を狙う者に負かされてしまう。」
そんな孤独なライオンが大好きだった。
同時に、胸が痛んでどうしようもなかった。
世間では、私のことをライオンの愛人のように思っている動物達がいたけれど、私は一度として抱かれたことはなかった。
だが、私は、いつもライオンのそばに置いてもらえることに満足した。
--
夜の夢は切なかった。
ライオンは、私にプロポーズし、私はそれを受ける。ライオンは、笑って。あの日の少年のように、私の耳を噛んで、戯れる。いつの間にか、草むらの中で私達は、抱き合う。私は、そのたくましい腕に組み伏されて、幸福の涙を流す。
そうして。
ついには、可愛い子を。
ライオンは「良くやった。」と、出産で疲れた私の鼻にキスしてくれて。そうして、子供達を見て大声をあげる。
「ウサギだ。なんてことだ。ウサギは大嫌いだ。どうしてこんなことに?」
そうして、まだ、目も開かない子供達を、ライオンの爪が次々と切り裂いて行って。
私は悲鳴を上げる。
汗びっしょりの私を、ライオンが心配そうに見下ろしている。
「どうした?」 「申し訳ありません。なにか・・・。怖い夢を見たようです。」 「そうか。心配するな。お前の命ぐらいは守ってやれるから。ゆっくりお休み。」 「はい。」
その声は、とても深く優しく。
まるで、私を愛してくれているかのように錯覚しそうで。
私は首を振って、目を閉じる。
そうだ。私は、彼の子供を産むことができない。本当はウサギだもの。彼の大嫌いなウサギだもの。夢はいつだって、正しい警告をしてくれる。
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それは一瞬の出来事だった。
私は、野原で遊ぶ楽しげなウサギ達を、風下でボンヤリと眺めていた。
ああ。私は、ウサギの人生を捨てて、こんなところで。果たして幸福だったのだろうか?そうやって、あんな風に跳ね回る幸福を捨てて、そうして、彼の愛を自分のものにすることさえできないのに。
涙が出そうになる。
「危ないっ。」 その時、ライオンが走り出て。
私が目を上げると、若くてたくましいライオンが、王に飛びかかって行くのが見えた。以前から、王の座を狙っている若者だった。
私は悲鳴を上げた。
「逃げろ。」 と、王は叫ぶけれど、私は首を振って。
彼は、確かに、もう随分と年老いていた。若者は、ライオンが致命傷を負って動けないのを確かめると、逃げ出した。
「ああ。なんてこと。」 私は泣きじゃくる。
「いいんだよ。私は、もう、年寄りだ。」 「だって、あなた。」 「一つだけ、お前に言っておきたいことがあるんだ。」 「なんでしょう?」 「ウサギのことなんだが。実は、私は、ウサギが大好きだ。ウサギになれたらと、ずっと思って生きて来た。お前が最初の日に言った事。本当だよ。ウサギの子供と遊びたかったんだ。だから、あんなことを。わざと憎んで見せたんだよ。ウサギになれないなら、せめて、ウサギの女と愛し合って、可愛い子供を産んでもらいたかった。だが、それはかなわないこと。」 「ああ。どうして早くおっしゃってくれなかったの?」 「王たるもの。弱点をさらすようなことはできないからな。」 ライオンは、苦く笑う。
私は、慌ててファスナーを探すけれど。どこにも、見当たらない。もう、私は、ウサギに戻れない。
「私は、そういうわけで、結婚もせずに今まで来た。お前も、若くて美しい時期を捧げてくれて。本当に感謝してるよ。まるで、親友みたいに思ってた。」 「ああ。あなた。」 私の頬は涙で濡れる。
「不思議だなあ。お前がウサギに見える。白いフワフワの毛。赤いルビーのような目。」 「行かないで。」 「キスしておくれ。」
私は、そっと口づける。
ライオンは、目を閉じて。
なんて幸せそうなのだろう。
私の、長い耳が熱くうずく。
ねえ。どうして、私達、恋をするように、かなわぬものを欲しがるように生まれついたのでしょう。そうして、恋する姿は、いつも滑稽で、無駄な努力の積み重ね。
私は、しなやかな足で、ピョンピョンと走り去る。
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