セクサロイドは眠らない

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2002年05月30日(木) 私は、この男のどこが好きなんだろう。身勝手で、子供っぽくて、セックスばかりしたがるこの男を。

「あ。来てたんだ。」
仕事で遅くなってクタクタだった私は、ともかく、お腹も空いてたので、早く何か食べたいと思っていた。

「うん。電話なしで来ちゃったけどな。」
「いいけど・・・、さ。」
「もう、生理終わったんだろ?」
「え?」

彼がいきなり抱きついてくるから、私は、コンビニの袋を足元に落としてしまう。
「待ってよ。」
「なんで。」
「まだ、終わってないよ。」
「いいじゃん。じゃ、タオル敷いてやれば。」
「いやだって。」
「うそ。したいくせに。」

彼がそんな風にガムシャラに来るから、私は、また、いつもみたいにちゃんと断れなくて、彼に聞こえない溜め息をつきながら、服を脱ぐ。

「お前も、ほんとはしたかったんだろ?」
彼が、私の首筋に口づけを浴びせながら言うから、

「んん・・・。」
と、曖昧に返事をして。

考えてることは、男の身勝手と、お腹空いたってこと。

なんで私、ちゃんと言えないのかな。ずるいよね。嫌なこと、嫌って言うの、怖いもん。

でも、彼が私を求めてくれると、ほんの少しホッとする。居場所を見つけたみたいにホッとする。女の子って、みんなそうじゃないのかな。

状況が状況だけに、手早く行為を終えた私達は、シャワーを急いで浴びて。彼はそのまま、狭いベッドの上で眠り始める。私は、コンビニで温めてもらったけど、すっかり冷えてしまったスパゲッティを、温めなおす気力もなくなって、絡まってしまったのを口に押し込んで、ビールで流し込む。

そう。

私は、目をつぶって流し込む。おいしいんだかおいしくないんだか、もうとっくに分からなくなった、私達の関係。

--

「どうして電話して来なかったの?」
ニ週間ぶりの彼を前にして、私は怒って訊ねる。

「すまん。友達が新しいゲーム買ったって言うから、そいつんとこ泊まってた。」
「仕事は?」
「仕事は、そいつんとこから行ってた。」

あきれた。

携帯の電源も切りっぱなしで二週間。ゲームごときで、二週間。私はほったらかしだった。

私の誕生日だからと言って、約束した日に現われず、二週間。

男の子供っぽさに怒りを覚える。

「なあ。怒ってんの?」
「まあね。」
「だから、すまん。」
「いいけど。今度から電話入れてよね。」
「許してくれるの?」
「うん・・。」
「やたっ。」

嬉しそうな彼の笑顔は、やっぱりすごく素敵なのだった。

はあ・・・。馬鹿にしてんじゃないよ、と思う。私は、この男のどこが好きなんだろう。身勝手で、子供っぽくて、セックスばかりしたがるこの男を。

--

「ねえ。どう思う?別れるべきかな?」
私は、アイスコーヒーをいつまでもかき混ぜながら、友達に訊ねる。

「そうやって人に相談してるうちは、別れる気もないくせに。」
友達は笑う。

「そうなんだよね。でも、さ。あたしどうしちゃったかな。身勝手なヤツに振り回されっぱなし。」
「アサコさあ、言わないんでしょ?嫌なこと、嫌とか。言いなりなんじゃない?」
「うん・・・。」
「それ、おかしいよ。」
「そう?セックスとか、嫌な時は、ちゃんと断る?」
「あったりまえじゃん。」
「そっか。えらいなあ。」
「えらい、じゃないよ。付き合ってるなら、そういうことちゃんと言わなくちゃ。」

そうだね。言わなくちゃ。

--

いつもみたいに、私の部屋で夕食を食べ終わると、彼は、黙ってテレビをつけて、野球を見始める。

彼が、テレビを見て、私が食器の片づけをする。

もう、まるで新鮮味のカケラもない夫婦みたいだ。

「ねえ。リョウちゃん。」
「ん?なにー?ちょっと、今、いいとこ。」
「ねえったら。」
「なに?」
「あたしさあ、前から言おうと思ってたけど、野球、大嫌いなのよね。」
「それ、どういうこと?」
「ここ来て、テレビ見てばっかだったら、自分ちで見てってことよ。」
「どうしてよ?お前んとこがいいんだから。それで、お前がコーヒーとか持って来てくれたら、嬉しいじゃん。」
「だから、そういうのが嫌なんだって。」

彼は、私がいきなりまくしたてるのに、キョトンとした顔をして。

「分かった分かった。」
って、いきなり腕掴んで引き寄せるから。

「違うよ。ちゃんと話しようよ。いつもさあ。あたし、ちゃんと言えなかったから。」
「だから、何をよ?俺達、このままで充分じゃなかったの?」
「そんなの違うって。あたしが我慢してて成り立ってる関係っておかしいじゃない?」
「だったら、言ってくれよ。分かんないじゃないか。」
「じゃ、言うよ。うちで、野球ばっかり見るのも、テレビゲームするのも、生理中にセックスするのも、連絡なしに勝手に鍵使って入られるのも、全部全部やだったの。」
「だったら、どうしてそう言ってくれなかったんだよ。」

私は、言いたいことだけ言ったら、もう、なんだか、涙が出て来て止まらなくなってしまった。

彼が、私を抱き寄せて、胸をまさぐってくるから、私は、彼の手を振りほどいて、泣きじゃくる。

「わけ、わかんないよ。俺、帰るわ。」
「そうして。」
「じゃ、な。」
「あ。鍵、置いてって。うちの。」
「ああ・・・。」

彼は、出て行く。

私は、しばらく止まらない涙を流し続ける。

--

それっきり、彼からは電話はなかった。

私からも掛けなかった。

あの日、ちゃんと話をして。いきなりじゃなくて、ちょっとずつ分かってもらったら良かったのかもしれないが、私は、もう、随分と我慢し過ぎて、もう1mmだって我慢したくない気分だった。

会社で、支社設立に向けて募集している、中国とマレーシアでの一ヶ月ずつの研修に応募した。

日本を離れたら、少しは自分が元気になるきっかけが手に入るかもしれないと思ったから。

友達と一緒に応募した。

--

研修旅行は自分で思った以上に楽しかった。

久々に、女友達とホテルの部屋でゆっくりしゃべるのも、すごく楽しかった。買い物も。食べ歩きも。

私は、リョウと付き合っている間、随分とこういう楽しみを忘れてたんだなって思った。

実家の母に電話する。

「ああ。アサコ。どう?そっちは?」
「うん。すっごく楽しい。」
「仕事なんだから、あんまり遊び過ぎないのよ。」
「分かってるって。」
「そうそう。リョウくんから電話あったよ。あんたたち、どうしたのよ。」
「なんて?」
「そっちの宿泊先の電話番号教えてくれって。」
「そうなんだ。」
「で、電話番号分からなかったから、住所教えといたけど、良かったかねえ。」
「うん。いいよ。」

私は、なんだか、受話器を握り締めて泣いてた。

馬鹿みたいだなあ。もう、平気だと思ってたのに、リョウの名前聞いただけで、涙出ちゃうなんて。

「じゃあ、かあさん、あたし忙しいから。」
なんて、慌てて電話切って、しばらく泣く。

--

それから、数日して届いた日本からのハガキには、やり直したいって書いてあって。

私は、びっくりするくらいの安堵が胸に広がるのを感じる。

「良かったじゃん。」
一緒に宿泊している友達が、冷やかして笑う。

「すぐ、返事出してあげるんでしょう?」
って聞かれるけど、私は、ううん、って首を振る。

「もうちょっと、考えてみる。」
「いいの?不安じゃないの?」
「うん。大丈夫だよ。」

うまく言えないけど。

時間掛けて考える時間があったほうがいいように思う。きっと、このハガキに返事出さなくったって、私達がもう一度巡り会える恋人同士だとしたら、きっとまた、会えるから。

だから、いいの。

私は、寂しいような、甘酸っぱいような感じで、何もしない時間をもう少し楽しむことにして。

「おいしいもの、食べに行こうよ。」
友達に声を掛けて、ベッドにハガキを放り出す。


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