セクサロイドは眠らない
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2002年05月16日(木) |
セックスの最中なのに、ミキは急に笑い出す。「なんだっての?」僕は、憮然として、彼女に問い掛ける。 |
セックスの最中なのに、ミキは急に笑い出す。
「なんだっての?」 僕は、訊ねる。
「えとね。今日、研究室でさあ・・・。」 彼女が昼間起こった他愛のない出来事を語り始める。
「それだけ?」 僕は、憮然として、話し終わった彼女に問い掛ける。
「え?おかしくない?」 「おかしいけどさあ。こういう時にしゃべる内容?」
僕は、すっかり萎えた下半身を彼女から離すと、彼女に背を向けてテレビのリモコンを探す。
「ねえ。怒っちゃった?」 「うん。」
当たり前だ。男は、女の子を喜ばせようと、その瞬間一生懸命なのに、彼女の頭の中は、いつも、僕の予想もつかないくだらない出来事でいっぱいになっているのだから。
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ミキとは、もう、三年になる。
二つ年下の彼女は、なんというか、子供っぽくて。不器用で。天然というのかな。いつも危なっかしくて見ていられない感じで、最初はそれが良かった。
付き合い始めた日のことはよく覚えている。
天気のいい春の日。
研究室の後輩であるミキを誘って、大学の近所の公園でやっていたフリーマーケットを覗いたのだ。
くだらないブリキのオモチャだの、ラベルが擦り切れたファミコンのソフトだの。そんなガラクタにしか見えないものにいちいち歓声を上げてはしゃぐミキに、僕は驚きすらした。
その、切子のペアのワイングラスは、春の陽射しを受けて、柔らかく光っていた。
「ねえ。これ、素敵!」 「ほんとだ。」 初めて、僕らの意見は一致した。
「ねえ。これ、幾らするの?」 目の前で微笑む女性に、ミキは訪ねる。
「幾らでもいいですよ。そうね。両方で300円くらいでどうかしら。」 「そんなに安いの?」 「これ、ね。私の恋人が以前初めて作った作品なの。あんまりいい出来じゃないから。」 「そんな大事なもの、売っちゃっていいの?」 「ええ。誰かに使ってもらうほうが、彼も喜ぶと思うわ。」 「じゃ、これ、もらうわ。」 「あ。待って。」
彼女は、手早く手元の虹色の糸で、レース編みのコースターを二枚編んで。
「これもどうぞ。」 「うわ。きれい。人魚のうろこみたい。」
微笑む彼女がそっと手を当てている部分を見て、ミキが訊ねる。 「赤ちゃん?」 「ええ。もうすぐ、結婚するの。」 「素敵。お幸せに。」 「ありがとう。」
そんな幸福なエピソードと一緒に、僕らはワイングラスを手に入れ、夜、浮かれてワインを飲んだ後、僕らも幸福なカップルになるべくして、抱き合ったのだった。
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彼女の子供っぽいところが好きだった。からかうと、すぐムキになって怒るところも。
だけど、三年のうちに、些細な違いが僕を苛立たせるようになって来て。子供っぽさが無神経に見えたり。その食い違いは、僕が昨年就職してから際立つようになった。
「ねえ。今度の日曜、暇?」 新人の歓迎会の席で、隣に座った同期の女の子が聞いてくる。
「今度。何かあったかな。」 「ねえ。・・・山に行きたいんだけど、一緒に行かない?あなた、大学の頃、ワンゲル部だったでしょう?」 「うん。いいけど、何しに?」 「写真、撮りたいの。」 「そんな趣味があるんだ?」 「ええ。下手だけどね。」
彼女は、落ちついていて、キュートな感じの美人で、同期入社の中でもちょっと目立っていた。
今度の日曜日は、確か、ミキが・・・。まあ、いいか。
「うん。暇だよ。誘ってよ。」 「ありがとう。電話するね。」
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ねえ。僕は嘘吐きだ。
恋人がいるの?
と聞かれれば、いないよ、と答えて、他の女性とデートする。
ミキに聞かれたら、社会人は忙しいんだよと、誤魔化して。
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「ねえ。私達、付き合ってるって言うのかなあ。」 同期の彼女は、白い指を、僕の腕に絡めて、訊ねる。
「え?」 「そろそろ、はっきりさせてもいいかなって思って。迷惑だったら、いいの。ただ、職場のタカシマ先輩にも、付き合ってくれって言われてて。」
僕は、焦って問う。 「で、何て返事したの?」 「好きな人がいるからって。」 「そう。」 「ねえ。迷惑?遊びのつもりだった?」 「そんなこと、ないよ。」
僕は、返事の代わりに、彼女を抱き締めながら。ミキに何て言おうと考える。もう、とっくに終わってるんだよ。きみ、あんまり子供なんだもの。
早く言わないと。
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深夜に帰宅すると、ミキがキッチンで、目を腫らして泣いていた。
「どうしたの?」 僕は、うしろめたに胸を刺されて、訊ねる。
「グラスが。」 「グラス?」
ミキが指差したほうを見ると、あの、ペアのワイングラスの一つが、割れて床に転がっていた。
「また買えばいいじゃないか。」 「駄目よ。同じものは、もう、どこを探してもないもの。」 「似たものを探そう。」 「無理よ。同じものじゃなくちゃ。」
ミキはしゃがみこんで、泣きながら、ガラスの破片を拾う。
「手伝うよ。」 「いい。」 「危ないって。」 「いいの。私がドジなんだから。大事にしてたのに。この世で一つしかないから。」
その、指が。震える指が。あんまり、不器用で、切ない。
ああ。見てられないよ。
手を貸さずにはいられない。
そうやって、僕は、恋を終わりにできないことに気付く。
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