セクサロイドは眠らない
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2002年05月17日(金) |
自分そっくり。自己主張のない鳥。鳴かない鳥は、ある日死んでも誰にもすぐには気付かれない。 |
いつからだろう。
気付いた時には、鳴かなくなっていた。
インコのチーコ。私の唯一の友達。
「どうしたの?」 訊ねても、うんともすんとも言わずに、黙っている。
獣医には、 「ストレスでしょう。」 と言われた。
「部屋に閉じ込めたままにしていませんか?話し掛けてあげてください。鳥も人間と一緒ですよ。外と交わらなければ、言葉を忘れてしまう。」
確かにそうかもしれない。私自身が、随分と長いこと、あまりしゃべらなくなっていた。外に出るのも億劫で、あまり出掛けなくなって久しい。
自分そっくり。
自己主張のない鳥。
鳴かない鳥は、ある日死んでも誰にもすぐには気付かれない。
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唐突だった。
私は、男のものを口に含んで、その行為に集中していた。いつものことだった。慣れた行為で。そこには、親密な優しさすら、介在すると思っていた。だから、驚いたのだ。
急に口を離して、私は、こみ上げてくるものを抑えた。
「どうした?」 男が驚いたように顔をあげて、こちらを見た。
「ごめんなさい。今日、具合悪いみたい。」 「そうか。今日は、もうやめておくか。」 「すみません。」
私は、その瞬間、男に抱かれることに激しい吐き気を感じたのだった。
「ゆっくり休みなさい。」 私の手を借りずに手際よく身繕いを整えた男は、いつものように冷静な声を私に掛けると、見送りに出られない私を置いて静かに出て行った。
本当に、どうしちゃったのだろう?
私は、五年間、その男の愛人だった。二年前に、男の奥さんが亡くなってからも、事実上の付き合いは変わらない。マンションに住まわせてもらって、月々困らないだけのものをもらっている。そうして、週に一度か二度、男から電話が入り、私は、男を待つ。
何の不満もなかった。
男は、もう、五十六になっていたが、よく鍛えられた体は衰えを知らず、むしろ、体の弱い私のほうが気遣われることが多かった。
愛、というものが何かは分からなかったが、高校も出ていない、身寄りもない私にとって、彼は、父であり、兄であり、恋人だった。
だから、唐突なその吐き気に、私は混乱してしまった。
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「なるほどねえ。セックス、できなくなっちゃったんだ?」 愛人仲間のアスカは、煙草の煙を吐き出しながら言った。
「うん。なんか、突然で。」 「そういうのってさ。時間が経ったら、多分治るよ。」 「でも、ずっとそうだったらどうしよう?ずっと、彼の相手ができなかったら?」 「その時はその時でしょう。」
そうなったら、私は、愛人業を廃業するしかない。マンションも出なくてはならない。仕事らしい仕事をしたことがない私は、そうなることが怖くて身震いする。
「あんたのさ、そういうところがよくないんじゃない?」 「そういうところ?」 「くよくよし過ぎなのよ。」 「ねえ。アスカは、こんな風になったこと、ないの?」 「ないよ。仕事だもん。労働、労働。嫌な時もにっこり笑顔で、ナンボでしょ。」 「すごいのね。」 「あんたも、割り切って愛人するようになったら、なれるよ。あんた、ちょっと、相手のことね。親身になり過ぎなんだと思う。相手のこと知っちゃったらさ、辛くなるっしょ。」 「うん・・・。」
そうなのかもしれない。割り切って、体とお金を引き換えにしたら、もっと楽なのかもしれない。
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帰宅すると、私は鳥かごを開けて。
「そら。お行き。」 と、チーコを取り出した手を、空に向かって掲げた。
チーコはじっとして動こうとしない。
「ほら。飛び方まで、忘れた?」 私が言うと、ようやくチーコは、空にはばたいた。
「ばいばい。」
早く声を取り戻して。
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「そうか。」 男は、黙ってうなずく。
「セックスのできない愛人は、役立たずでしょう?」 「しばらく、好きにしてみなさい。旅行でもいい。それから考えよう。きみは良くしてくれたからね。次の生き方が見つかるまでは、ここにいるといい。」 「ありがとう。」 「いいんだ。」
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私は男に言われた通り、旅に出た。
行く先々で、なぜか、チーコを探していた。鳥の鳴き声がすると、「あ、チーコが友達を見つけたかな。」と思って、空を見上げたりした。
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「どうだったかね。」 ニヶ月ぶりに見る男は、妙に年老いて見えた。
「楽しかったです。」 「そうか。良かった。いつも、部屋にこもってばかりだったからな。」 「で。どうするかね。」 「この部屋が、好きだと思いました。」 「じゃあ、しばらくここにいるか?」 「それはできません。」
私は、ふいに、涙が出て来た。
鳴かない鳥。セックスのできない愛人。そこにいる意味を見つけられないガラクタ。
「もし、きみが良ければ、一つ提案があるんだが。」 「なんでしょう?」 「愛人がやっていけないというのなら。どうだろう?家族にならないかな。私と。」 「家族?」 「ああ。」 「それって。」 「結論は、ゆっくりでいいんだ。あれから、私も考えてね。私も、もうこの歳だ。一人では、いろいろなことが身にこたえるようになったんだよ。」
家族・・・?
私は、その言葉の意味を考える。
「こんな年寄りじゃ、嫌かな?」
私は、首を振る。それって、ここにいていいってことですか?
窓の外で、鳥のさえずりがする。
「チーコ!」 窓を開けると、チーコが飛び込んで来た。声を取り戻して。
「ねえ。あなた。もう一人、家族。いいですか?」 私は、泣き笑いみたいな顔で、問う。
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