セクサロイドは眠らない
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2002年05月13日(月) |
私は、その時気付く。私、このウサギに会いに来たんだ。ねえ。あなたよね。幼い私のことを知ってる。 |
なぜ、こんな場所に来たのだろう。
遊園地。
何かを探して。
仕事を辞めて、故郷に戻って、一番に思い付いた場所はなぜかここだった。
ねえ。教えて。幼い頃の私。ここで私は、何かを置き去りにして来てしまった?
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二年ほど付き合った恋人と別れたのは、つい最近のことだった。簡単に言えばフラれたのだ。大好きだった。ずっと一緒にいたかった。結婚できると思っていた。だから、最後の三ヶ月ぐらいは、私が、ただ、無理言って呼び出してしがみついて。そんな事の繰り返しだっただけで、本当はもっとずっと早くに終わっていたのだろう。
それでも、やさしい人だった。
ギリギリまで、私を本当に傷付ける言葉を避けて接してくれていた。
もちろん、私も、彼を傷付けていて。
どうしていいか分からなかったのだ。
彼が私に触れようとするたびに、私は、身をこわばらせて拒絶してしまう。ただ、泣いている私をなぐさめようとして、彼が手を回して来ただけで、私はその手を振りほどいて彼の体を遠ざけてしまう。
「僕に触られるの、嫌なの?」 彼は悲しそうに聞く。
「分からない。」 「ねえ。大丈夫だから。そばにいて。何もしないから。」
私は、その言葉を信じたいのに、身震いして。
こんなだから、私も、彼をずっと傷付けていたのだ。
「二人で、カウンセリング、受けない?」 そんな風に言われたこともあったのに、私は首を振るだけだった。
自分の心の鍵を開けるのは怖かった。
なぜ?自分が知りたいくらいだ。
そうして。
彼は、とてもとても悲しい目をして、言った。 「さよなら。」
--
遊園地は、閑散としていて。
風船を持ったウサギの着ぐるみが歩いてくる。
「寂しそうだね。はい。風船。」 「ありがとう。」 私は、心が温かくなって、微笑む。
「笑ってくれた。」 ウサギも、安心したような声を出した。
「失恋したの。」 「そう?」 ウサギは、ベンチの隣に腰掛けた。
「すごく好きだったのに。」 「僕もさ。そんなこと、しょっちゅう。何がいけないのかな。毛がところどころ擦り切れたウサギなんか、誰も好きにならないってことかなあ。」 「でも、すごく素敵よ。あったかそう。」 「やさしいんだね。」 「そんなことないの。私、駄目なの。いつも、大事な人を傷付けてばかり。」 「ねえ。後でデートしない?」
駄目よ。私、男の人が怖いんだもの、と言い掛けて、 「いいわ。でも、お願いがあるの。そのウサギの格好のまま一緒に歩いてみたいの。」 「え?このまま?」 「嫌?」 「いいけどさ。きみが笑ってくれるなら。じゃ、僕はもう一仕事してくるね。あとで迎えに来る。」 ウサギは立ち上がって、手を振って。
変なことを頼んでるのは分かったけど、私は、ウサギの姿のままの彼に、なぜか安心して気持ちを許せる気がした。
幼い頃。
こんな風に、隣に座って。
そうだ。
同じように、ウサギが話し掛けてきてくれた。泣いていた私をなぐさめて。幼稚園の遠足でここに来た時だった。誰も一緒にお弁当を食べてくれなくて泣いていた私に、風船をくれたのだ。
あの時と同じ。
--
「お待たせ。」 ウサギは、小走りにやって来た。
「おつかれさま。風船は売れた?」 「うん。たくさん。僕は、風船を配る。支払いは、笑顔で。きみからは、おつりが来るほどお支払いいただいたから、これ、サービス。」 手にしていたソフトクリームを渡してくれる。
「ありがとう。」 「ねえ。僕さ、このままの格好がいいの?」 「うん。」 「僕の顔、見るの怖い?」 「どうかな。なんだか、ウサギだと安心するの。だから、もう少しこのままでいて。」 「分かったよ。きみの頼みなら。」 「暑くて苦しい?」 「ちょっとはね。」
ウサギが、手をそっと繋いでくる。
怖くなかった。
「僕んち、来る?」 「え?」 「近くなんだ。」 「いいけど・・・。」 「時間、大丈夫?」 「うん。」
私とウサギは、もう、暮れ始めた道を、そのまま手を繋いで歩いた。
前もこうやって歩いた気がする。そうして、手には赤い風船。手が離れた時、泣いたんだっけ。そうしたら、ウサギが抱っこしてくれた。
「着いたよ。ここなんだ。狭いけど、ね。どうぞ。」
ウサギの部屋は、小さくて、きちんと片付いていた。
ねえ。知ってる。あなた、あの時のウサギさんでしょう?
私は、その時気付く。私、このウサギに会いに来たんだ。ねえ。あなたよね。幼い私のことを知ってる。そうでしょう。
「ねえ。もう脱いでもいいかな。さすがに暑くて。」
ウサギが向こうをむいて、ごそごそと着ぐるみを脱ぎ始める。
思い出した。
あの時も。
あのウサギ、抱いていた私を下ろして、着ぐるみを脱いで。
「シャワー、浴びてくるよ。汗かいちゃってるから。きみは座って待ってて。」 そう言って振り向いた顔は。
そうだ。あの時の、あの男だ。
私は悲鳴を上げて。
そばにあった灰皿を取り上げて、男の顔に振り下ろす。何度も何度も。
「なんだってんだよ。」 男が叫ぶ。
「ねえ。あの時いたウサギでしょう?ね。そうよね。返して。」 「何を?知らないよ?俺達、今日初めて会ったんだろう?俺、先月からこのバイト始めたばっかで・・・。」 「うそ!うそ!うそ!うそ!」
私は、この男を捜していたんだ。あの日。抱いて連れて着た、この部屋で。ウサギは、優しい皮を脱いで、私を傷付けた。
服脱いでごらん。怖くないから。おじさんの言う通りにしたら大丈夫だから。誰にも言っちゃ駄目だよ。おじさんのここ触ってごらん。
そういって男は。
あの日盗ってったものを返して。
悲鳴は、どこか遠くから聞こえてくる。そう。ずうっと遠い昔。幼い頃の私の叫び声。
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