セクサロイドは眠らない

MAIL  My追加 

All Rights Reserved

※ここに掲載されている文章は、全てフィクションです。
※長いこと休んでいてすみません。普通に元気にやっています。
※古いメールアドレス掲載してました。直しました。(2011.10.12)
※以下のところから、更新報告・新着情報が確認できます。 →   [エンピツ自由表現(成人向け)新着情報]
※My Selection(過去ログから幾つか選んでみました) → 金魚 トンネル 放火 風船 蝶 薔薇 砂男 流星群 クリスマス 銀のリボン 死んだ犬 バク ドラゴン テレフォンセックス 今、キスをしよう  俺はさ、男の子だから  愛人業 

DiaryINDEXpastwill


2002年05月13日(月) 私は、その時気付く。私、このウサギに会いに来たんだ。ねえ。あなたよね。幼い私のことを知ってる。

なぜ、こんな場所に来たのだろう。

遊園地。

何かを探して。

仕事を辞めて、故郷に戻って、一番に思い付いた場所はなぜかここだった。

ねえ。教えて。幼い頃の私。ここで私は、何かを置き去りにして来てしまった?

--

二年ほど付き合った恋人と別れたのは、つい最近のことだった。簡単に言えばフラれたのだ。大好きだった。ずっと一緒にいたかった。結婚できると思っていた。だから、最後の三ヶ月ぐらいは、私が、ただ、無理言って呼び出してしがみついて。そんな事の繰り返しだっただけで、本当はもっとずっと早くに終わっていたのだろう。

それでも、やさしい人だった。

ギリギリまで、私を本当に傷付ける言葉を避けて接してくれていた。

もちろん、私も、彼を傷付けていて。

どうしていいか分からなかったのだ。

彼が私に触れようとするたびに、私は、身をこわばらせて拒絶してしまう。ただ、泣いている私をなぐさめようとして、彼が手を回して来ただけで、私はその手を振りほどいて彼の体を遠ざけてしまう。

「僕に触られるの、嫌なの?」
彼は悲しそうに聞く。

「分からない。」
「ねえ。大丈夫だから。そばにいて。何もしないから。」

私は、その言葉を信じたいのに、身震いして。

こんなだから、私も、彼をずっと傷付けていたのだ。

「二人で、カウンセリング、受けない?」
そんな風に言われたこともあったのに、私は首を振るだけだった。

自分の心の鍵を開けるのは怖かった。

なぜ?自分が知りたいくらいだ。

そうして。

彼は、とてもとても悲しい目をして、言った。
「さよなら。」

--

遊園地は、閑散としていて。

風船を持ったウサギの着ぐるみが歩いてくる。

「寂しそうだね。はい。風船。」
「ありがとう。」
私は、心が温かくなって、微笑む。

「笑ってくれた。」
ウサギも、安心したような声を出した。

「失恋したの。」
「そう?」
ウサギは、ベンチの隣に腰掛けた。

「すごく好きだったのに。」
「僕もさ。そんなこと、しょっちゅう。何がいけないのかな。毛がところどころ擦り切れたウサギなんか、誰も好きにならないってことかなあ。」
「でも、すごく素敵よ。あったかそう。」
「やさしいんだね。」
「そんなことないの。私、駄目なの。いつも、大事な人を傷付けてばかり。」
「ねえ。後でデートしない?」

駄目よ。私、男の人が怖いんだもの、と言い掛けて、
「いいわ。でも、お願いがあるの。そのウサギの格好のまま一緒に歩いてみたいの。」
「え?このまま?」
「嫌?」
「いいけどさ。きみが笑ってくれるなら。じゃ、僕はもう一仕事してくるね。あとで迎えに来る。」
ウサギは立ち上がって、手を振って。

変なことを頼んでるのは分かったけど、私は、ウサギの姿のままの彼に、なぜか安心して気持ちを許せる気がした。

幼い頃。

こんな風に、隣に座って。

そうだ。

同じように、ウサギが話し掛けてきてくれた。泣いていた私をなぐさめて。幼稚園の遠足でここに来た時だった。誰も一緒にお弁当を食べてくれなくて泣いていた私に、風船をくれたのだ。

あの時と同じ。

--

「お待たせ。」
ウサギは、小走りにやって来た。

「おつかれさま。風船は売れた?」
「うん。たくさん。僕は、風船を配る。支払いは、笑顔で。きみからは、おつりが来るほどお支払いいただいたから、これ、サービス。」
手にしていたソフトクリームを渡してくれる。

「ありがとう。」
「ねえ。僕さ、このままの格好がいいの?」
「うん。」
「僕の顔、見るの怖い?」
「どうかな。なんだか、ウサギだと安心するの。だから、もう少しこのままでいて。」
「分かったよ。きみの頼みなら。」
「暑くて苦しい?」
「ちょっとはね。」

ウサギが、手をそっと繋いでくる。

怖くなかった。

「僕んち、来る?」
「え?」
「近くなんだ。」
「いいけど・・・。」
「時間、大丈夫?」
「うん。」

私とウサギは、もう、暮れ始めた道を、そのまま手を繋いで歩いた。

前もこうやって歩いた気がする。そうして、手には赤い風船。手が離れた時、泣いたんだっけ。そうしたら、ウサギが抱っこしてくれた。

「着いたよ。ここなんだ。狭いけど、ね。どうぞ。」

ウサギの部屋は、小さくて、きちんと片付いていた。

ねえ。知ってる。あなた、あの時のウサギさんでしょう?

私は、その時気付く。私、このウサギに会いに来たんだ。ねえ。あなたよね。幼い私のことを知ってる。そうでしょう。

「ねえ。もう脱いでもいいかな。さすがに暑くて。」

ウサギが向こうをむいて、ごそごそと着ぐるみを脱ぎ始める。

思い出した。

あの時も。

あのウサギ、抱いていた私を下ろして、着ぐるみを脱いで。

「シャワー、浴びてくるよ。汗かいちゃってるから。きみは座って待ってて。」
そう言って振り向いた顔は。

そうだ。あの時の、あの男だ。

私は悲鳴を上げて。

そばにあった灰皿を取り上げて、男の顔に振り下ろす。何度も何度も。

「なんだってんだよ。」
男が叫ぶ。

「ねえ。あの時いたウサギでしょう?ね。そうよね。返して。」
「何を?知らないよ?俺達、今日初めて会ったんだろう?俺、先月からこのバイト始めたばっかで・・・。」
「うそ!うそ!うそ!うそ!」

私は、この男を捜していたんだ。あの日。抱いて連れて着た、この部屋で。ウサギは、優しい皮を脱いで、私を傷付けた。

服脱いでごらん。怖くないから。おじさんの言う通りにしたら大丈夫だから。誰にも言っちゃ駄目だよ。おじさんのここ触ってごらん。

そういって男は。

あの日盗ってったものを返して。

悲鳴は、どこか遠くから聞こえてくる。そう。ずうっと遠い昔。幼い頃の私の叫び声。


DiaryINDEXpastwill
ドール3号  表紙  memo  MAIL  My追加
エンピツ