セクサロイドは眠らない

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2002年05月11日(土) そんな人だから。一緒にいて、私は、いつも、二度傷付く。わがままを言ってしまった時と、わがままを許された時。

「どうしたの?」

聞かれて、私は、また自分が泣いていたのだと気付く。

「わかんない。ぎゅってしてよ。抱いててよ。」
「うん。」

抱かれた後、こんなに近くで、肌と肌も触れ合っているのに。それでも足らなくて悲しくて。彼は、私に言われて、もっともっと強く私を抱き締めてくれる。その腕の中でまどろむ私。

ふと気が付くと、彼は枕元の時計を見ていた。

「帰らないといけないのね。」
「うん。」
「いいよ。帰ろう。」
「もう・・・、大丈夫なの?」
「うん。」

彼には奥さんがいて、奥さんのことも愛していて。なのに優しくて、私のことも愛してくれて。多分、彼が優し過ぎて苦しんでるのは分かるのだけど。だから、もう、何度も、私のことはいいんだよ、って言ったのだけど。私から言ってあげないと、彼は、本当にちょっとだけ困ったような心配そうな顔で私を見ているから。別れるって言った時も、それが私の本心じゃなくて、本当は彼のことがまだ好きでどうしようもないって分かったら、やっぱり抱き締めてくれて。一緒にいるからって言ってくれて。

そんな人だから。

一緒にいて、私は、いつも、二度傷付く。

わがままを言ってしまった時と、わがままを許された時。

「今日は、ゆっくりできなくてごめん。」
「いいの。」

私は、いつも別れ際、不機嫌そうな顔をしてしまう。彼が困ると分かっていても。だって、そんな顔でもしなくちゃ、泣いて、もっといたい、ってわがまま言うのが分かってるから。

彼の車で送られて、アパートの前。

「じゃあ。」
彼の言葉に、ぷいと背を向けて、私は車を降りる。

--

休日の午後。

私は、姉の家に遊びに行く。

5歳になる甥が出迎えてくれる。

「ママ。おばちゃん来たよー。」
「こら。おばちゃんじゃないでしょ。おねえちゃんでしょう?」
「うん。おねえちゃん。遊ぼうよ。」
「まって。今日はママとお話があるから、後でね。」
「じゃ、絶対後でだよ。」

姉が、
「ごめんね。うるさいでしょう。最近、ああなの。本当によくしゃべるようになって。」
と、苦笑する。

「いいのよ。で、今日は何の話?」
「うん。あなたもそろそろ結婚しないかしらと思って。」
「やだ。お見合いの話?」
「ええ。お母さんが心配でね。うちにしょっちゅう電話してくるの。」
「いやよ。言ったでしょう。私、お付き合いしてる人がいるの。」
「分かってるけど、会うだけでもどうかしら。タケシさんの会社の後輩の方でね。」
「やだっ。お義兄さんもグルなの?」
「そんな・・・。お願い。聞いて。」

ふと見ると、姉は青ざめた顔で。

どうして?そんな顔するの?あなたは、平凡で暖かい顔で、ここでぬくぬくとしていれば、それでいい。私の幸福は私が自分で決めるのに。

「ねえ。ちょっと、大丈夫?」
それでも、姉が額に汗をかいているのを見て、驚いて声を掛ける。

「ええ。大丈夫。あのね。つわりなの。」
そうやって、姉は、力はなく。けれど、誇らしそうに微笑む。

「そう・・・。出来たの・・・。」
私は、驚いて。

「うん。一人っ子じゃ可哀想だから、タケシさんも私も、ずっと欲しかったのね。で、ようやくなのよ。」
「ちょっと休んだら?」
「ええ。そうするわ。ごめんね。」

姉は、二階の寝室に上がって行く。

--

「ねえ。お話、終わった?」
甥が、ぼんやりしている私の手を引いて。

「ええ。」
「じゃ、読んで。」

それは「人魚姫」の本。

「そうして、人魚は自分で海へと身を投げ出しました。その身は泡となり、海へと溶けていったのでした。おしまい。」
気が付くと、私は泣いていた。

はかない夢にすがって多くを犠牲にした人魚姫。その希望の糸がぷっつりと切れてしまった時、彼女はもう、生きては行けなくなった。

私は、急に激しい怒りがこみあげてきて、その小さな甥の首に手を掛ける。

私が恋しているあの人と、姉との間に生まれた、その命。それは、私にとっては大きな障害でしかなかった。いつも憎いと思っていた。邪魔だと思っていた。あの人は、いつも、子供の話をする時だけは本当に嬉しそうで。

私には何もなくて、姉には、あの人も。子供も。そして、またもう一人。

どうして私には何もないの?

その手の中で小さな命に力をこめようとした時、気付かずに絵本を見ていた甥が急に話し出す。

「ねえ。おねえちゃん。このお話、続きがあるんだよ。」
「続き?」
「うん。パパがいつも教えてくれるの。」
「どんな?」
「えとね。人魚姫は、海の泡となったけれども、その心はずっと海に残って、王子さまが海を渡る時は、いつも嵐に遭わないように、見守り続けたのでした。っていうの。」
「そう・・・。」

私は、そっと震える手を離す。

「ねえ。おねえちゃん。涙、出てるよ。どうしたの?お腹、痛いの?」
甥は、心配そうに私を見ている。

「何でもないのよ。」
私は、無理に笑おうとして。

ああ。この家族のことを。どうしようもなく憎くいけれど、同時に、どうしようもなく愛している。

そうして、どうしていいか分からないまま、私は涙を止められないのだった。


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