セクサロイドは眠らない

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2002年05月09日(木) そんな男の子も現われない以上、私は、彼を想い続けて行くしかないのだ。「相応の」という言葉が、時折、私の心をあざ笑う。

幼い頃から自分のことはよく分かっていた。

あまり美しくない容貌。

それ事体は、早くからあきらめていた。もちろん、親を恨んだ日もあったし、整形を考えたこともあったが、そうした気持ちもいつか薄れて。このまま目立たずに生きて行こうと思ったのだった。

だが、そんな醜い私でも、恋はする。

恋とはなんと理不尽に、人を捕えてしまうものか。

あれだけ、自分の醜い風貌に悩んだ私だが、私が恋をしたのは人目を引きつけるほどに美しい人だった。大学の先輩で、吹奏楽部でも部長をするほど、人望があった。彼に憧れてサークルに入る女子生徒が後を絶たないほどにモテるその人。だが、彼には恋人がいた。美しい恋人。彼より一年先輩のその人は、長い髪をした情熱的な人だった。

とてもかなわない。

私も、多くの女の子と一緒に溜め息をつく。

--

最初は彼に憧れた女の子達に、そのうち、一人二人と、別の恋人ができ始めていっても、私は、まだ彼を想っていた。私に声を掛けてくれる男の子が他にいれば違ったのかもしれない。が、そんな男の子も現われない以上、私は、彼を想い続けて行くしかないのだ。

「相応の」という言葉が、時折、私の心をあざ笑う。

そうやって、季節は巡り、彼の髪の長い恋人は一足先に卒業して行く。

--

「あら。あなた。」
彼の髪の長い恋人と、街で偶然出会ったのは、しばらく私がサークル活動を休んでバイトに精出していたある日のことだった。

「こんにちは。」
私は、もごもごと答える。

くったくのない真っ直ぐな瞳は、私のコンプレックスを嫌でも際立たせ、私はそんな人の前ではいつも自信なくうつむいてしまうのだ。

「ね。お茶でも飲まない?」
「はい。」

彼女は、肩から掛けた荷物をおろしてコーヒーを注文する。

「煙草、やめたんですか?」
私は、彼女がいつも煙草を吸っていたことを思い出し、訊ねる。

「ええ。仕事柄ね。」
「仕事って?」
「うん。ちょっと福祉関係。・・・荘、知ってる?」
「はい。」
「あそこで。」

それから、私達はあたり障りのない会話を幾つかすると、もう話すことがなくなってしまった。どうして、彼女は私を呼び止めたりしたんだろう?何か言いたいことがあるようでもなかった。

「あの。一つ聞いていいですか?」
「いいわよ。」
「・・・さんと、お付き合いするのって、大変じゃないですか?彼、モテるから。」
「あら。・・・とは別れたのよ。」
「え?いつ?」
「そうねえ。私が就職して間がない頃かな。」
「どうしてですか?あんなに素敵な人なのに。」
「やあねえ。社会に出たら、もっといい男がたくさんいるってことよ。」

彼女には、私が彼に憧れていることが分かってしまったと思うが、彼女は何も言わずに微笑んで。それから立ち上がった。

「時間取らせてごめんなさいね。」
「いいんです。」

--

別れた?別れた?

ぐるぐるとそんなことを考えながら、久々にサークルBOXのほうに顔を出した。

彼が一人でいた。

少し日が傾き始めて西日が強く刺し込む部屋で、彼は入り口に背を向けて座ってた。

「どうされたんですか?」
「あ?ああ。きみか。」
「今日、誰も来なかったんですね。」
「そうだね。」
「彼女と会いました。」
「彼女?」
「・・・さんがお付き合いされてた。」
「ああ。彼女、ね。」
「相変わらず、綺麗でした。」
「そんなことはさ、どうでもいいよ。ねえ。飲みに行く?付き合ってくれないかな。」
「いいですけど。」

私の胸は高鳴る。

もちろん、期待してはいけない。彼は、傷付いて、誰かと一緒にいたいだけなのだから。

--

すっかり飲み過ぎた夜道。

「彼女ね。いい女だったけどさ。なんていうかな。B型の女にはもう、付いて行けねーやっていうか。振り回されちゃったんだよな。」

随分と酔ってる。

「まだ好きなんですね。」
「いーや。もう、好きじゃないよ。」

彼が手を握って来た。

私は、ドキリとして、手を振りほどこうとするけれど。彼の手の力は思った以上に強くて。

ねえ。やめてください。あなたには戯れでも、私には逃げ場所はないんですから。

「彼女とはね。もう、とことん。なんていうかな。泣いて。物投げて。激しい女だったよ。」

月明かりが綺麗だった。

彼の声は静かだったけど、その手の力の強さに悲しみがこもっているのが分かって。

私はどうしても手を振りほどくことができなかった。

夜道は続く。

今夜。月明かりに照らされて、一瞬だけ輝く恋があってもいいよね。

私は、何も言えずに、その手をそっと握り返す。


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