セクサロイドは眠らない

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2002年05月07日(火) 「ここで一緒にいない?そうしたら、もう、一生しゃべらなくても誰からもいじめられないよ。」

いつ頃から始まったのか。

よく思い出せない。

二年生くらいまでは、まだ、普通だった。

三年でおばあちゃんが死んじゃった頃から、かな・・・。

どうして?ってみんなに言われるけど、僕自身が知りたいよ。誰か教えてよ。今日こそはって思うんだけど、学校に行ったらやっぱり駄目で。学校に行くのさえ辛いけど、やっぱり、学校行かないのは負けみたいでくやしいから。

だから、学校だけは行く。

友達のソウタとは、それでも、まだ何とか。でも、みんなの前だとどうしても駄目なんだ。

--

「どうしたー。また、タイチか。ここでいつもつっかえちゃうんだよなあ。」
ジャージ姿の先生は、わざと大声を出す。

僕は、首をすくめて。

「お前、馬鹿じゃないのは分かってんだよ。なのに、どうして答えが言えないのかなあ。」

僕も、そうだと思う。答え、分かってるのに。言おうとすると声が出ない。

「まあいいや。タイチ、座れ。次。アヤカ。」
「はい。」

そうやって、僕は、いつも声が出なくなる。

休憩時間、ソウタがノート持ってやって来る。
「おい。タイチ。次の時間、ここ。教えてくれよ。」
「またかあ。」
「うん。いいじゃん。俺、今日、日直だから絶対、次当てられちゃうよ。」
「早くしろよ。」

僕のノートを汚い字で写した後、チャイムの音が鳴る時になって突然ソウタが言う。
「あ。お前さ。今日、お昼の放送で遠足の作文読んでくれよな。人足らないんだ。」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。駄目だって。」

どういうことだよ。放送委員だからって、勝手に決めるなよ。僕が人前じゃしゃべることができないの知ってて、どうしてそんなこと決めるんだよ。

次の時間、僕はパニックになって何も考えられなかった。

--

「やだ。やだってー。」
ソウタに無理矢理引きずられて放送室に入った。マイクを見るだけで、口の中がカラカラになる。

「頼んだぜ。」
前の生徒が読み終わったところで、僕は無理矢理マイクの前に座らされる。しわくちゃになった原稿が、目の前にある。

読むだけだから。すぐ終わるから。僕は声を出そうとするが、僕の声はどっか行っちゃったみたいに、出て来ない。

僕の頭は真っ白になる。

--

「あ。気付いた?」
その声が、僕に呼び掛ける。

僕は、知らない場所で体をこわばらせて、辺りを見回す。

「はじめまして。」
目の前の少年はニコニコと笑っている。

僕が口を開こうとすると、
「あ。いいんだ。ここでは思うだけで言葉が通じるから。しゃべるのが嫌だったら、しゃべらなくていいんだよ。」
「きみは?」
「僕?僕はね。化け物の番人なんだよ。」
「化け物?」
「うん。」
「あのね。子供の言葉を食べちゃうんだ。」
「怖い?」
「うん。すごく怖い。体中口だらけでね。一日中、子供の言葉食べてるから、体中が何か食べてるみたいに動くんだ。」
「きみ、どうしてこんなところにいるの?うちに帰りたくないの?」
「うん。だって。僕も化け物に言葉を食べられたんだ。だから、ね。帰ったっていじめられるから。父さんに殴られるし。」
「そうか。」
「きみもだろう?」
「うん。」
「ここで一緒にいない?そうしたら、もう、一生しゃべらなくても誰からもいじめられないよ。」
「いやだ。僕、帰りたい。」

その時、向こうから、何やら騒がしい声がした。

「あ。化け物だ。隠れて。子供の声を食べてるから、いろんな声がお腹から聞こえてくるんだよ。」

僕らは岩陰から化け物を見る。それは確かにブヨブヨで気味が悪かった。

「あれが・・・。僕の言葉を・・・。」
激しい怒りでいっぱいになった僕は、急に立ち上がった。

「あ。駄目だよ。見つかっちゃうよ。」
「いいんだ。」
僕は、そばにあった石を振りかざして、化け物に向かって走って行った。

「やめろーっ。」
少年の声がするけれど、僕は、石を打ち付けて。

プシュ〜ッ。

それはあっけなく裂けて、中から子供の声が溢れてくる。

まったく・・・ほんとうにね見てよだから死んじゃうし面白いんだけどあっちに行けばあいつ父ちゃん死んじゃったのまた来ねェなあだからうざお前も放っておいてたのかさえ忘れちゃったのだけどけどそれだけじゃない。それはいないつもりなので怖い辛い助けて行かないで

--

「気が付いたか?」
保健室にはソウタだけがいた。

「うん。」
「ごめんな。」
「いいんだ。」
「歩けるか?」
「うん。遅くなった。帰ろう。」

僕らは、何でもないように、しゃべりながら帰った。

次の日、僕は、小さい声を振り絞って、みんなに「おはよう。」って言った。みんな、おやっていう顔をしながらも、「おはよう。」って返してくれた。授業が始まって、先生が「大丈夫か?」って声を掛けてくれた時も、僕は、かすれた声だけど「はい。」って言えた。

--

「はじめまして。」
僕は、その子の目を見ながら話し掛ける。

「えーっと。名前は、ユウキくんだね。」

男の子は、うなずく。

「無理に答えようとしなくていいからね。僕の話を聞いて。分かったらうなずいてくれたらいい。」
「・・・。」
「ユウキくんはさあ。言葉を食べちゃう化け物の話、知ってるかい?」

男の子は黙って首を振る。

「その化け物はね・・・。」

僕は、大人になって、言葉を食べられてしまった子供達の治療をする仕事に就いた。その治療は、いつも、言葉を食べる化け物を探しに行く旅の話から始まるのだ。


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