セクサロイドは眠らない

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2002年05月05日(日) 前は、セックスの最中、戯れに軽く噛みつくぐらいだったのに、最近では、随分と強く噛むようになって。

結婚して半年が経とうというのだが、僕らはまだ今夜も激しく情熱的な一夜を過ごす。どちらかというと、僕のほうが、妻の激しさに驚かされ、翻弄されている。時折、その激しさが少々尋常でないもののように思えて怖くなるのだけれども、同時に、そんな妻がいとおしい。

今夜も、汗ばんだ体がようやく離れると、僕はすっかり疲れ果てて、すぐさまうとうとと夢の中だ。

「・・・る。」
「え?」

僕は、彼女が遠くで何かささやいているのだが、よく聞き取れない。

その瞬間。

「・・・っつ。」
僕は、慌てて目覚める。

肩に激しい痛みが走ったのだ。目を開けると、彼女の唇が血で濡れている。慌てて、自分の肩に目をやると、血が垂れてシーツを汚している。

「何するんだよ。」
僕が怒鳴るそばで、彼女はまだ、抱き合っている最中のような顔で唇を舐めている。

僕は、肩の手当てをするために起き上がり、肩口を消毒する。なんて深く噛みやがったんだ。血をぬぐってよく見れば、僕の肩の肉片が一部なくなっている。

なんて女だ。

僕がにらみつけても、知らん顔で、彼女はシーツにくるまって。

そういえば、ここ最近、少しずつエスカレートしている。前は、セックスの最中、戯れに軽く噛みつくぐらいだったのに、最近では、随分と強く噛むようになって。下手したら、同僚がひやかすぐらいの跡が残るようになって来た。

僕は、手当てを終えて、少し冷えた頭で彼女の隣に身を横たえる。妻は、僕の気持ちなど知ってか知らずか、僕の首に腕を絡ませて、僕の胸に鼻の頭をくっつけて、眠る。

その瞬間、いとおしさがこみあげる。

世界で他に誰がこんなに僕を情熱的に愛してくれるだろう。僕も、彼女の腰に腕を回し、抱き寄せて眠る。

--

僕と妻の間のことが、戯れで終わらなくなったのは、それから三ヶ月経った頃だった。

その頃には、もう、僕は、妻のふいの接触に体をこわばらせるようになっていた。妻を愛しているのには変わりはなかったが、彼女の行動は、もう、常に僕に身の危険を感じさせるものになっていた。

その日も、うっかりして妻に背中を見せたのが原因だった。

二階の寝室から降りようとしたところで、背後から妻の笑い声が聞こえたと思うと、背中に衝撃を感じて。

気付いたら病院のベッドの上だった。

ぼんやりしていると、妻がニッコリと笑って言った。
「大丈夫?」
「ああ。僕は?」
「階段から足を滑らせたのね。脳震盪を起こしたのよ。あと、腕が折れてるから、治るまで会社をお休みするってさっき電話しておいたわ。」
「きみだろう?」
「なんのこと?」
「きみが僕を突き落としたんだろう?」
「何言ってるの。ケイちゃん。」
その瞳は、自分がしたことを自覚していない善良な瞳だった。

妻は、少し悲しそうな顔で僕を見た後、
「お買い物行ってくるわね。」
と、立ち上がった。

僕は、今日ではっきりしたいろいろなことを考えて、しばらくぼんやりとしていた。

ドアをノックする音がする。

顔を出したのは、同僚のサワダだった。
「ようっ。大丈夫か。」
「ああ。大丈夫だ。」
「災難だったなあ。」
「そうだな。」
「仕事のほうは気にするな。俺達で何とかするから。」
「すまんな。」

彼は、持って来た菓子箱のようなものをベッドわきに置くと、椅子に腰をおろして落ちつきない声で切り出す。

「実はな。」
「なんだよ。」
「お前、最近、妙に怪我が多いだろう?何かに巻き込まれてんじゃないかってな。課長がさぐって来いって言うんだよ。」

それでか。

ケチなサワダが見舞いにくること事体、妙だったのだ。

「俺達も、ちょっと最近変だなって思っててさ。生傷とか多いし。」

そうか。周囲にも不審を抱かせるようになっていたか。

僕は、耳を澄ませて、廊下に人の気配がないことを確認してから、実はな・・・、と切り出そうとして、その言葉を飲み込む。

「なんでもないよ。疲れてるんだよ。」
僕は、無理に笑顔を作る。

「そうか。」
サワダは、僕の目を覗き込むと、余計な詮索はすまいと決めたのか、立ち上がる。

「なんでも相談してくれよな。」
そう言い残して、サワダは出て行った。

入れ替わりのように妻が戻って来た。
「今、そこでサワダさんとすれ違ったから、ご挨拶しておいたわ。」
「ああ。見舞いに来てくれたんだ。これ、サワダが持って来た菓子。」
「あら。サワダさんにしては奮発したわねえ。」

それから、椅子に腰をおろすと、リンゴと果物ナイフを取り出して、妻はリンゴをむき始める。

果物ナイフの刃先が動くたびに、僕は、身を固くして。

「ねえ。早く退院できるといいわね。」
「ああ・・・。」

僕は、逃げ出さない。

妻の狂気は、もはや疑う余地がないけれど。

ああ。だけど、僕は、彼女の狂気すら。そう。狂気すらも愛しているのだもの。どこにも逃げられやしないよ。


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