セクサロイドは眠らない

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2002年05月03日(金) だけど、どうすりゃいいんだよ?プロポーズすれば良かったのか?だって、俺、まだ二十七だぜ。

目が覚めると真夜中だった。

僕は、大事なことを忘れているような気がして、暗闇の中でしばらく考える。

それから、飛び起きて、隣の女を揺すぶって起こす。

「んん?」
女は、眠たそうに声を出しただけだった。

「今日、何日?」
「え?なんて?」
「だから、今日、何日だよ。三日?」

少し形の崩れ始めた重い乳房を揺らして、なんなのよ、という顔をして、女は起き上がる。
「どうしたのよ?」
「大事な日なのに、忘れてたんだ。」
「帰るの?」
「ああ。」
「もう、来ないのね。」
「分からないよ。」

自分名義のマンションが幾つあるかも覚えてなくて、酒か煙草かクスリかクリニックの合間に男と寝る女を後にして、僕はその部屋を飛び出した。

--

どうして忘れていたんだろう。くやしさに舌打ちして、知り合いの店を片っ端から回る。

「エリカ、来てない?」
「んー?来てないわよ。ね、今日は飲んでかないの?」
「ああ。エリカ探してるんだ。」
「そういえば、一週間ほど見掛けないわね。あの子が一週間も姿現さないなんて、めずらしいよねえ。」

やっぱり、本当なのか?

僕は、夜の街を走り回る。

--

一週間前、エリカは言った。

「あたしさあ、来週お見合いすんの。」
「お見合い?」

僕は飲み掛けのジュースを吹き出してしまった。

「失礼ね。笑い事じゃないわよ。」
「お前、結婚すんの?まだ二十三じゃん。」
「するかもね。パパがうるさいの。」

エリカは、案外いいとこのお嬢さんで、今はこんなにぶっ飛んだ格好してるけど、本当は、いい大学を出たばっかりでピアノもお茶もこなしちゃう才媛なのだ。

「いいよ。お見合い、して来れば?」
「本当にそう思う?」
「ああ。だって、お前が決めることじゃん。」
「そうよね。あたしのことだもんね。あんたには関係ないわよね。」

その時の彼女の顔は本当に寂しそうで、僕は胸がチクッとしたけれども、知らん顔してCDの歌詞カードとか見て、鼻歌歌ってた。

「あたし、行くわ。」
「どこに?見合い、来週だろ?」
「エステとかさあ。いろいろやることあんのよ。お見合いまでに。」
「あそう。」

彼女は出て行った。僕は、相変わらず歌い続けながらも上の空だった。

だけど、どうすりゃいいんだよ?プロポーズすれば良かったのか?だって、俺、まだ二十七だぜ。まだ結婚したくないしさ。

--

そんなことあったにも関わらず、僕は飲み歩いて、他の女と寝て。

そのうち帰ってくるよ、とか思って。

思い出した時には、今日が見合い当日だった。会ってどうするってわけでもないけど、なんか一言言ってやりたくて。見合いうまく行っても俺のこと忘れるなよとか、見合い失敗したら戻って来いよ、とかそんなこと。

街中には彼女を見つけられなくて、僕は車を飛ばして港まで行く。初めて彼女とデートした場所。

夏で。

いつまでも花火とかしてて。すっごい可愛い子だと思ったけど、手もつなげなくて。そしたら、並んで海を見てる時、彼女が言った。
「キスしてもいい?」

僕は、黙って馬鹿みたいにうなずいて。それで初めてのキスしたんだった。

ここにもいない。

当たり前だ。今日、見合いするってヤツがこんなところにいる筈ないもんな。

僕は苦笑して、自分のアパートに戻る。

もう、白々と夜が明ける。

--

帰ってみると、エリカは僕のベッドの毛布にくるまって眠っていた。

なんでここにいんだよ?

「おそいよー。」
彼女が、眠たそうな声で言う。

「来てたんだ。」
「ん。」
「一週間、何してたの?」
「エステ。」
「肌、つるつる?」
「うん。いつでも嫁に行ける。」
「じゃあ、結婚、するか?」
「うん。」

僕は、レースのカーテン外して彼女の頭に掛けて、自分の指からごっつい指輪外して彼女の細い指にはめる。

「やだ。この指輪、でか過ぎ。」
「また、買ってやるからさ。」

そうして、僕らは、新郎新婦の口づけを交わす。

「行こうよ。新婚旅行。」
僕は、彼女の手を取る。

「どこへ?」
「遠くへ。」
「うちのパパ、怖いよ。」
「燃えるね。」

僕らは、中古のオープンカーで海辺を。どこまでも。


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