セクサロイドは眠らない

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2002年05月02日(木) つまり私自身が自殺したというのは本当らしい。そうして、私は慌てて鏡を見ると、そこには

「双子なのに、随分と違うよねえ。」
こんな言葉、もう何回聞いただろうか。

それを聞くと、私はいつも曖昧に笑うしかなかった。

周囲の言いたいことはよく分かる。美しく、スポーツが万能で、性格も良い姉。それに引き換え、引っ込み思案で、中学に入った途端にきびがいっぱい出て醜く太り始めた私。

みんな姉が好きだった。

私も、姉が好きだったし、憧れてもいた。だが、仮に私が姉と双子でなかったら、こうも同情されずに、普通に地味な思春期を迎えていたであろう私は、心のどこかで姉を恨まずにはいられなかった。

なによりも姉の素晴らしいところは、その性格の裏表のなさ、くったくのない真っ直ぐな笑顔。

部屋で絵を描いてばかりの私のところに来ては、つまらない悩み事など話してみせる姉を、だが、私はむしろ鬱陶しく感じていた。姉ほどの人間が悩みなどある筈がない。姉が実際、悩みと呼ぶようなことは、私のそれに比べたら随分とちっぽけで取るに足らないことだ。私は、内心、そんな風に思っていた。

彼女の美しさは、彼女をありとあらゆるものから守り、彼女は無傷なのだ。

--

ミツルは、隣の家の幼馴染で、小学校の頃までは毎日一緒に遊んでいた。今や、すっかりサッカー部のヒーローだけど、今でも帰り道などに一緒になると私に声を掛けてくれる。
「ユメミ、一緒に帰ろうぜ。」

私は嬉しさのあまり、微笑んでうなずく。

「最近、アイミ、随分と忙しそうだなあ。」
「バレー部のレギュラーになったから。」
「そうかあ。で、おまえは?相変わらず、絵、描いてんの?」
「うん。」
「うまいもんなあ。絵。な。今度、俺にも絵を描いてくれよ。」
「そんな。人に見せるようなものは描けないって。」
「いいからさ。部屋に飾ろうと思って。そうだ、俺のことモデルにしてもいいぜ。」
「あはは。考えとく。」

そんな他愛のない会話が嬉しかった。

姉がお姫さまなら、ミツルは王子様というところ。私が、姉ぐらい美しければ、ミツルに告白するのに。

--

ある夜、姉は、私の部屋に来る。

試験勉強で忙しい私は、忙しいから、と机に向かったままだった。姉はそんな私にかまわずしゃべり出す。

「ねえ。ユメミ。あなた、私になりたい?」
「え?」
思わず振り向く。

「あなた、私になってみたいと思うこと、ある?」
「何言ってんの?」
「もし、あなたが私になりたいっていうなら、あなたの希望が叶えてあげられるの。」
「何言ってんのか分からないよ。」

私は笑う。

姉は、そんな私にかまわずしゃべり続ける。

「私、そろそろ行こうと思うの。」
「え?行くって、どこよ。」
「ユメミには、私の分まで頑張って欲しいの。」
「ちょっと待ってよ。」
「ね。向こうで待ってるわ。」

気付けば、姉はいなかった。

私は、うたた寝でもしていたのかと、目をこすって、それから、試験勉強はあきらめて布団に入る。

--

翌朝、母の叫び声で目が覚めた。

「どうしてこんなことに。」
母が泣き喚いている。

「どうしたの?」
「ああ。アイミちゃん。ユメミが。」
泣き崩れる母。

私は、上を見て、ひっ、と声を上げる。私だ。私が、死んでる。そこで首を吊っていたのは、私自身。

ちょっと、どういうこと?

私は、頭の中がぐるぐる回って、気を失ってしまう。

--

「気が付いた?」
母が、泣き腫らした目で、私を心配そうに見ている。

どうやら、ユメミ、つまり私自身が自殺したというのは本当らしい。そうして、私は慌てて鏡を見ると、そこにはアイミがいた。

こういうことだったのね。

私は、アイミが最後に私の部屋に来て言った言葉の一つ一つを思い出す。

それから、なんでアイミは行っちゃったのだろうと思う。

いくら考えても分からないままに、私は、姉として生きて行かなければならなくなった。

--

葬儀も終わり、私は、まだ気力がわかないから、と部活にも顔を出さず、家へと真っ直ぐ帰る日が続いた。それでも、少しずつ、私は姉になろうとしていた。周囲も、妹を失った混乱からおかしな点もあるけれど、私がアイミだと信じて疑わなかった。

そうやって、夏が過ぎ。秋が過ぎ。

それでも、私は、姉が帰って来るのではないかと思っていた。いつか、自分の体を取り戻しに来るのではないかと。

けれど、その気配もなく、冬が近付いて来た。

ミツルが声を掛けて来る。
「今日も、部活しないの?」
「うん。」
「せっかくレギュラーになったのになあ。」
「そうだよね。」
「お前、ちょっと変わったよな。ユメミがいなくなってから。」
「うん。」
「なんかさあ、不思議なんだけど、ユメミがいなくなったら、アイミまでいなくなったみたいだなあ。」

そんなことを言った人は初めてだったので、私は、なんだか涙が出そうになる。

今なら、言えるかもしれない。私は、もう、醜いユメミじゃなくて、美しいアイミだから。

「ねえ。ミツルくん。」
「ん?」
「私さ、前からあなたのこと、好きだったの。」
「え?そうなの?」

ミツルは、間が抜けた返事をしてから、随分と黙っていた。

それから、口を開いた。
「ごめん。俺、ユメミが好きだった。なんでかなあ。だから、お前のこともいいやつだと思うけど、俺、まだユメミを探しちゃうんだよなあ。変だろう。もう、死んじゃったら、どうやったって見つけられっこないのになあ。」

私は、その瞬間、泣き出してしまう。

ミツルはオロオロして。
「ごめんな。」
と、言う。

私は、首を振る。

私は、私自身を失ってしまった。

--

それから、十年後。

私は、「少女戦士」という漫画を描くことになる。

勇敢な少女。好奇心が抑えられなくて、どこか遠い世界に行ってしまった、元気な女の子の漫画。少女戦士は、美しかった。けれども、美しいということは、彼女を全てのことから守るものではなかった。美しい者が美しくあるためには、闘い続けないといけないのだ。

私は、そんな少女の漫画を描く。姉のために。自分を取り戻すために。

今月もようやく、締め切りを終え、死んだように眠っている私のベッドに恋人がやってくる。

「ああ。おはよ・・・。」
「疲れてんだろ。もうちょっと寝とけよ。」
「ミツル・・・。そこにいて。どこにも行かないで。」
「ああ。分かってるって。」

恋人は、私の鼻の頭にキスをしてくれる。それから、彼はそばのソファに座って、本棚から、「少女戦士」を取り出すと、静かにページをめくる。


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