セクサロイドは眠らない

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2002年05月01日(水) 彼女が小さな叫び声をあげて、僕に体を預けるまで、やさしくゆっくりと体を動かした。

もう終わりなんだろう?

僕には分かる。

あんなに素敵だった日々。僕達の間ではずっと続くと思っていたのに。

大手メーカーの秘書室に勤める彼女と、無職の僕。どう見たって釣り合わないのは分かっていた。

「ただいま。」
今日も疲れて帰って来た彼女に、

「おかえり。夕飯作っておいたよ。」
と答える。

彼女は、
「もう・・・。」
と言い掛けて、
「やっぱりいただくわ。ありがとう。」
と言い直す。

ここが彼女の素敵なところなのだ。もううんざりしている恋人にすら、上品に振舞うところが。シックなニットに、僕のプレゼントしたゴールドの細いネックレスがよく似合う。僕は、思わず手を伸ばして、彼女の首筋を撫でる。彼女はびくっと体をこわばらせて、
「疲れているの。ごめんなさいね。」
と、うつむく。

「分かってる。ごめん。」
僕は、すぐ手を引っ込める。

もう、僕に触られるのも嫌なんだね。

--

僕と彼女は、去年の春、出会った。

花見の名所で、彼女が上司に絡まれて困っていたので、僕が何気なくとおりがかった拍子に酒瓶を倒して、僕が慌てて上司の服を拭いているふりをしている間に彼女に目配せして逃がしてやった。

上司というその嫌な中年の男は、最初は怒りで顔を真っ赤にしていたが、僕がある会社社長の御曹司だと耳打ちしたら、途端に態度を変えて来た。

もちろん、そんなのも全くの嘘だけど。

彼女は、少し先の河原で僕を待っていてくれた。

その夜、僕らは肌を重ねた。

「私、あの男と長いこと別れられなかったの。」
と、彼女は寂しく微笑んだ。

あの男って、昼間の上司?

「初めての人だったのよ。計算高くて、愛情も金で買えると思っているような男だったのに、恋だと信じてしがみついてたの。馬鹿みたいでしょう?」

そんな男のこと、忘れさせてやるよ。

と、僕は、彼女のことを壊さないように、そっと、まだ緊張を解いていない体の中に入る。彼女が小さな叫び声をあげて、僕に体を預けるまで、やさしくゆっくりと体を動かした。

その夜、彼女が眠りに就くまで抱き締めていた。

翌朝、彼女は何か憑き物が落ちたように明るい顔で微笑んだ。
「今まで何であんな男を追い掛けていたのか、分からないわ。」

それから、僕は彼女の部屋で暮らすようになった。

--

だが、それも時間の問題だった。

僕は、それまでも金のある女に心の安らぎを与えることを仕事にしていたが、どんなに純情な彼女にだって、働く気もない僕との関係が長続きするとは思えなかったらしい。忙しい彼女に代わって、料理も掃除もやって、夜は疲れた彼女の手足のマッサージもしたけれど。

「私もこんな年齢だもの。そろそろ結婚したくなったの。」
「僕じゃ、駄目?」
「ええ。あなた、私よりずうっと若いのでしょう?あなたにはあなたにふさわしい相手がいるわ。」

彼女の下手な言い訳なんかどうでも良かった。要するに、彼女はこれだけ尽くした僕を捨てようとしているわけだ。

驚いたことに、僕はその瞬間涙を流して、彼女を慌てさせる。

「愛してるのに。」
これは本当のこと。

初めて、愛なんて言葉を口にした。

「愛だけじゃ、駄目なのよ。」
彼女も泣いた。

そんな夜もあった。今じゃ、彼女はもう涙もこぼさない。長引く僕との同居生活に疲れていくばかりだ。

--

「明日、出て行こうと思うんだ。」
僕は、微笑んだ。

彼女は少し驚いた顔をして、僕を見た。

「今までぐずぐずしててごめん。でも、本当にきみを愛していた気持ちに変わりはないんだ。」

彼女の頬が、涙で湿る。僕の目尻にも、涙が溜まる。
「さあ。僕の料理、食べてよ。冷めないうちに。」
「ええ。いただくわ。ワインも開けましょう。」

僕らは、乾杯、と、小さく。

そうして、僕の作ったビーフシチューが彼女の形のいい唇に入って行くのをじっと見守る。

「いつも、おいしいわね。あなたの作った料理は。」
「うん。僕、いい主夫になれると思うんだ。」
「本当に。」

僕はもう泣いてなかった。

むしろ、ほとんど空になった彼女の皿を見て笑い出しそうになって困るのだった。

彼女は、眉をひそめて僕を見る。
「ねえ。どうしたの?」
「なにが?」
「その手。」
「ああ。これ?ちょっと指を怪我してね。」

僕の手に巻かれた包帯から、血が染み出して。

それでも、僕は痛みなど感じなかった。僕の小指は、彼女の体内で優しい夢を見る。それは途方もない快感で。

僕は、抑えきれずに笑い出してしまうのだった。


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