セクサロイドは眠らない

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2002年04月28日(日) 「なんか変なんだけど、俺達、ずっと一緒かなって思ってたんだよ。女なのに、最高の友達って感じでさあ。」

小学校の頃から、彼とはずっと友達だった。

小学校三年の時転校してきたばかりの私に、最初に笑顔で話し掛けてくれた、隣の席の男の子。よく陽に焼けた、前歯が欠けた笑顔、そんな普通の男の子という印象。それからずっと友達だった。同じ中学に通い、同じ高校に通っているうちに、いつからだったろう。異性として、彼に憧れるようになったのは。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、あいかわらず彼は、やんちゃな男の子のまま、真っ直ぐな笑顔を向けて来た。

最初の小さな失恋は、彼がバスケ部の先輩の彼女へのほのかな憧れを私に打ち明けた時だった。

「なんていうかな。あの人が先輩を見に来てる時は、すっげえやる気がでちゃって、シュートがバンバン決まりそうな気がするんだよ。」
「へえ。」
スポーツが苦手な私は、それだけで埋められない距離を感じながら、自転車を押して彼と並んで歩いている。

「きれいな人なの?」
「うーん。いわゆる美人ってやつじゃないんだけどさあ。いつもニコニコしてて、後輩からも信頼されてて、あの人が試合に出ると、チームがまとまるっていうかさあ。」
「その人のこと、好きなのね。」
「好き・・・、なのかなあ。でも、先輩の彼女だからなあ。そんなこと言えるわけないよなあ。」

いつまでもそのことを話題にしたがる私に、
「もう、おしまい、おしまい。なんか、誰かに聞いて欲しかったんだけど、お前に言ったらすっきりしたよ。」
と笑った。

私もあいまいに笑った。

それから、無言で夕日を見ながら歩いた。

--

「進路、どうすんの?」
あっという間に三年を迎えた私達の話題の中心はそれだった。

一緒の大学に行きたい。

それが希望だった。

彼の恋は、先輩の彼女の卒業と共に、あっけなく終わり、私はほっとする暇もなく受験勉強に追われていた。

「俺、多分、県外に行くと思う。」
「え?そうなの?駄目って言われてたんじゃないの?」
「あれから親を説得してさあ。だって、今だけだよ。いろんなことできるの。お前みたいに頭良くないしさあ。」
「そう・・・。」

私は、気分が暗くなるのを感じながら、教科書に目を落とす。

私は、多分、この小さな街に残る。離婚してしまった母を助けるため、看護婦になる。それが、母と何度も話し合って出した結論だった。大学に行ってもいいのよ、と言う母に、看護婦になるのが夢だったから、お母さんみたいな看護婦になりたいってずっと思ってたから、と心にもないことを言って安心させた。

大学に行くにしても、県外なんて、とても無理。

私、看護婦になるの。

そんなことも、なかなか打ち明けられず。やっと打ち明けたのは、夏も過ぎてからだった。

「そうかあ。それでずっと悩んでたのかあ。早く言ってくれれば良かったのに。」
「だって、言っちゃったら、それが本当になっちゃいそうで、寂しかったから。」
「そうだよなあ。なんか変なんだけど、俺達、ずっと一緒かなって思ってたんだよ。女なのに、最高の友達って感じでさあ。」

私は泣きそうな顔で彼を見る。

彼は、励ますように笑い掛けながら言う。
「でも、お前、えらいよな。すごいよ。やっぱり女ってすごいよな。お前みたいな女がいるから、俺も励まされるんだよなあ。負けられないなあって。」

もう、人もまばらな秋の海辺を歩きながら、彼の言う、「最高の友達」という言葉を喜んでいいのか、悲しめばいいのか分からないまま聞いていた。打ち明けるなら今だと思いながらも、結局、その日も気持ちは伝えられなかった。

--

私と彼は、そうやって、違う道を歩き始めた。

夏休みや正月のたびに、帰省する彼と、二人で、あるいは同級生達と会って、はしゃいで。いつしか、それでいいと思い始めていた。

会わない間は、近況をメールでやり取りして。

私は、何度か、彼への想いを断ち切ろうと、友達の紹介やら、合コンで知り合った男の子とデートしてみた。キスもしたし、抱き合ってみたりもした。でも、結局は、彼より好きにはなれないことに気付くはめになり、どの人ともうまく行かなかった。

そんなことも、適当に脚色しながらメールで伝えたし、彼からも、小さな恋の話やら、失恋の話やら。そんなものを聞かされて。

今年、彼は、社会人一年生として、初めての大型連休を迎えて、帰省してくる。

「ゴールデンウィークには、早くお前に会いたい。進路のことで悩んでる時から、ずーっとお前がそばにいて励ましてくれたから頑張れたんだもんな。やっぱり、お前は最高の友達だよ。」

彼からのメールを見て、思う。

今度こそ、気持ちを打ち明けよう。

そう思って、彼の帰省を指折り数えて、夜勤をこなす。

--

だが、あっけない一通のメールで、全て終わる。

「ゴールデンウィーク、そっちに帰れなくなった。なんと、この俺にもついに彼女ができたのだ。会社訪問の時から何となく仲良くなって、一緒の会社に入社できてからはすごく仲良くなっちゃって。今度の連休は、その彼女と旅行行くことになった。その報告は、またメールにて。じゃあな。お前と会うの楽しみにしてたのに、残念。おまえも、楽しい連休を過ごしてくれよな。」

私は、それを何度も読み直し、それから、削除ボタンを押す。

小さく「馬鹿」、とつぶやいてみる。

それから、馬鹿は私だ、と思った。

今日は仕事休もう、と思って、病棟に連絡をする。

女の子だって、ちゃんとした男の子から励ましてもらえないと、駄目なのに。

そんなことも分からない男の子を好きだった私は馬鹿だと思った。

カーテンの隙間から入ってくる春の陽射しは、嫌になるくらい明るくて。今の私にはまぶし過ぎて涙が出る。


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