セクサロイドは眠らない
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2002年04月23日(火) |
娘はきゃっきゃと笑う。男は、その娘の手首を掴むと、自分の膝に座らせて、うなじに唇を這わす。 |
男は、さんざん探し回った挙句、森の奥深くに住むその老人を捜し当てた。
「あなたが魔法使いですか?」
老人は、眠たそうな目を開けて僕を見ると、 「そう呼ぶ者もおる。」 とだけ答えた。
「随分と探しました。」 「それで、何の用かな?」 「もう、いやなのです。何もかもに絶望して、死をも考えました。」 「いったい、何がそこまでおまえを追い詰める?」 「何もかもです。生まれて育った村で、父のやっていた商売を継ぎ、幼い頃から決められていた相手と結婚し、子を儲け、その子らは順調に育っています。」 「それはなんと恵まれたことか。」 「それがもう、うんざりなのです。何もかも捨てて、逃れたい。」 「じゃあ、そうすればよかろう。」 「それはできません。私は、村でもちょっと名の知れた商売をしている者です。妻も良家の娘ですし、息子達は美しく利発で、誰からも可愛がられています。今、私が村を出ても、すぐさま見つかって連れ戻されてしまうでしょう。」 「話はよく分かった。」 「何とかしてくれるのですか?」 「ああ。何とかしてやろう。まず、おまえの持ち出せるだけの財産を持ってここにもう一度来たならば、な。」 「分かりました。」
男は急ぎ、屋敷に戻って、持ち出せるだけのものを持ち出し、闇の中、再び老人のもとへと向かった。
「ほう。これはなかなかたいしたものだ。」 老人は目を細めて、男が積み上げた財産を眺める。
「で?これで私の願いは聞き届けられるのでしょうか?」 「ああ。」 「で、どうすれば?」 「おまえは自由だ。そうさな。おまえは、これから『さすらう者』とでも名乗りなさい。」 「分かりました。」
男は、そうして、その日から「さすらう者」になった。
気ままな流れ者の生活。
行く村々で、美しい娘と恋に落ち、彼女の体を充分に堪能すると、次の村に行く。
「ねえ。本当に行ってしまうの?」 娘達は涙ながらに言う。
「ああ。しょうがない。だって俺は『さすらう者』だからな。」 男は、そう言って、肩に背負えるだけの荷物を持って、旅立つ。
娘は、男がもう戻ってこないことを知って、涙ながらに見送る。
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そうやって、何年の日が過ぎたろうか。
男は、めぐり巡って、自分の生まれた村へと踏み込んだが、そのことにすら気付かずに、村の酒場で酒を飲む。
ふと横を見ると、美しい若者。黒い巻き毛。自分にそっくりな。
男は、その若者を見て、問い掛ける。 「おまえは、もしや?」 「僕は村一番の商家の息子です。父がいなくなってからは、僕が商売を継いで母を支えて来ました。」 「おお。我が息子よ。」 「まさか。あなたが?あなたは『さすらう者』でしょう?」
若者は、父の顔も忘れたように顔をそむけると、酒場の娘とダンスを踊る。
その光景は、自分が昔同じように、妻と酒場で踊り愛を交わした思い出を誘う。
男は泣いていた。
そうして、魔法使いを探した。
「おい。おまえ。」 「なんだ。」 老人は、もう、ひげも随分伸びて、床に根を生やしていた。
「俺の過去を返せ。」 「まさか。わしが何を盗ったと言うのだ。」 「おまえにだまされて、財産を持ち出して、俺はたった一人、何も持たない者になって今ここにいる。」 「それは全てあんたが望んだことだろうに。それに、わしは魔法使いなんかじゃないのさ。」 「じゃあ、何者だ?」 「わしか?わしは『名付ける者』だ。名前を欲しがる者に、望む名前を与えるだけだ。」 「じゃあ、俺に違う名前をくれ。もう、さすらうのはうんざりだ。何も持たないのはごめんだ。」 「そうか。ならいい名前をやろう。おまえは今日から『名付ける者』だ。ここにいて、おまえの役割を求めて来る者に名前を与えてやってくれ。わしは行くよ。ここに長いこといるのはうんざりだった。わしは、もう、今日から名前をもたない者になる。」
そう言った途端、老人の姿は消える。
男は一人残されて。
人が時折訪れる。男は気が向くままに、名前を与えてやる。人々は納得して去って行く。
美しい娘が訪れる。 「ねえ。あなたが魔法使いさん?」 「ああ。そうだよ。」 「で、私にはどんな魔法を掛けてくれるの?」 「そうだな。俺を愛する好色な女になる魔法を掛けてやろう。」
娘はきゃっきゃと笑う。男は、その娘の手首を掴むと、自分の膝に座らせて、うなじに唇を這わす。
男は、今のところ、自分がもらった名前に大いに満足している。
娘に飽きたら、また別の名前を付けてやればよい。
そうやって何年も、何年も。
言葉が世界を塗り替えていく様を楽しみ続ける。
だが、ある日、男は何も名前を思いつかなくなる。出てくるのは、哀しみや憎しみに溢れた言葉ばかり。男の周りには次第に、醜い生き物で溢れ返る。
そこに若者が訪れる。
「あなたが魔法使いですか?」 「人はそう呼ぶ。」 「私に力を。」 「どんな力が欲しい?」 「自由になることができる力を。」 「ああ。良かろう。お前にわしの持つ全ての力をやろう。」
男は、立ち上がり、若者に自らの名前を付けてやる。若者の心には、溢れんばかりの言葉が渦を巻き、口から零れ落ちてくる。男はそれを見て満足して微笑む。
「あなたはどこへ?」
男は、かつて老人がやったのと同じように、根を張った髭を引きちぎり、黙って出て行く。
男は名前をなくした。
男の周りから全ての光景が消えた。
男は、自らを縛っていた言葉を全部捨てて、何もない場所で何でもない者になった。
それを、人は「死」と呼ぶのだ。
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