セクサロイドは眠らない
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2002年04月20日(土) |
「ええ。世界中どこを探したって、素敵なドラゴンになれる男なんて滅多にいないんですもの。」 |
僕の妻は裕福な家庭の一人娘で、僕らは、彼女の父親が用意した豪勢な家に住んでいた。
「ちょっと、広過ぎるんじゃないの?」 初めてその家を見た時、僕は気後れして、妻にそう言った。
「これくらいでちょうどいいのよ。」 妻は微笑んだ。
実際、妻がなぜ僕を結婚相手として選んだのかは分からない。もちろん、僕は僕なりに頑張って来た自信はあった。そこそこの大学を出て、一流の企業へ就職した。だが、見た目は平凡な男だ。それに引き換え、妻は、美貌に恵まれ、豪快な父親の性格を受け継いで大らかに育っていたので、男だってよりどりみどりだったのだ。なのに、なぜか僕を選んだ。
「僕のどこが気に入ったの?」 「あなたは、大物になる人よ。そして、私は、あなたの子供を産むのを、きっと誇らしく思うわ。」
僕は、彼女の言っていることがさっぱり分からなかったが、そんな彼女を愛した。
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妻の妊娠が分かったのは、結婚してちょうど丸一年が経った頃だ。
つわりで青ざめた妻の顔は、見るからに辛そうだっただが、妻は生まれてくる赤ちゃんへの期待で胸が一杯なのか、弱音を吐くこともなく、お腹の赤ちゃんに歌を歌ったり、絵本を読んで聞かせたりしていた。
そんなある日、僕は、目が覚めるとドラゴンに変わっていた。
僕は、いつも起きると真っ先に妻のところに行くから、自分の姿が変わったなんて気付きもしなかった。
妻は、私を見ると目を輝かせて言った。 「あら。おはよう。ドラゴンさん。」 「ドラゴンさん?」 「ええ。あなた、素敵なドラゴンになっててよ。」
僕は慌ててバスルームに行き、等身大の鏡に全身を映す。そこには、緑色のうろこに、金色の爪を持つドラゴンが、実に間抜けな姿で立っていた。その姿は本当にあきれる程間抜けだった。大体、胸元のボタンが幾つかちぎれているパジャマを着たドラゴンなんて、世界のどこにいる?
僕は激しいショックを受けたまま、妻の寝室に戻った。
「なんてことだよ。なんでこんなことに。」 「あら、私、初めから分かってたのよ。あなたがいつか素敵なドラゴンになることがね。」 「だから、僕を選んだのか。」 「ええ。世界中どこを探したって、素敵なドラゴンになれる男なんて滅多にいないんですもの。」
僕は、自分の部屋に戻って、ぐったりとベッドに倒れ込む。これは単なる外見の問題ではない。自分が今まで生きて積み上げて来たものの崩壊という事態に直面しているのだ。妻が愛して来たのは、僕ではなく、僕が秘めていた可能性だった。じゃあ、今までの僕は、妻にとって何だったのか。
僕は、会社に休むと連絡を入れ、一人自室で考える。考えて考えて考えて。そうしていると、妻が、僕の部屋にやってくる。
「寝てなきゃ駄目だよ。」 「いいのよ。あなた、苦しんでいるのでしょう?そんなあなたを放ってはおけないわ。あなたの気持ち、分かるもの。」 「じゃあ、一つ聞いていいか?」 「ええ。」 「きみは、今までの人間の姿をした僕のことは愛してなかったの?」 「まさか。あなたをずっと、愛していたわ。あなたがたとえドラゴンにならなくても。だって、あなたはドラゴンになることのできる人だったし、仮にドラゴンになったとして、その試練に耐え得るほどに勇気のある人だって、私、あなたを見た時から気付いてたの。」
僕は、妻の言うことがよく理解できなかったが、具合の悪い妻が僕の元に来て伝えてくれた愛は痛いほど理解した。
僕は、妻を抱き上げて、妻の寝室に連れて行った。点滴を繋いで、布団を肩まで掛けてやると、 「ゆっくりおやすみ。」 と言って部屋を出ようとした。
「待って。」 「ん?」 「キスして。」 「いいとも。」
僕は、自分のいかつい顔を気にしながら、妻にそっと口づけた。
唇を離す時、妻の唇から一筋の血が流れた。
「ごめんよ。」 「ううん。嬉しい。あなたの付けてくれた、傷。」
それから、妻は目を閉じて、眠った。
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妻が息子を出産したのは、深夜だった。恐ろしい程の悲鳴が、家中に響き渡り、妻の母親の代からの産婆が、息子を取り上げた。
深夜二時、僕と同じうろこを持つ息子が誕生した。
息子は、妻のお腹を裂いて出て来てしまったため、妻はそのまま息を引き取った。
明け方まで、僕はオンオンと泣き続けた。
防音設備のあるカラオケルームがあって、良かったと思った。
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僕は、息子と二人取り残され、何とか生計を立てなくてはならなかった。もちろん、勤めていた一流企業は首になった。
妻の父親は、葬儀の後で僕を呼んで、困ったような顔をして、言う。 「娘がどうしてもとせがむから、きみとの結婚を許したのだ。だが、ドラゴンを跡取にするわけにもいかんのだよ。こんな時に申し訳ないが、頼みがある。この家はお前にやるから、籍を抜いてくれんかね。」 「いいですよ。」
僕にだってプライドはある。妻がいなくなってまで妻の実家に頼ろうとは思わない。
妻の父親は、僕の腕に抱かれた息子が、きゃっきゃっと声を上げるのを、妙な物を見るような目つきで見ていたが、やがて、少し顔をほころばせると、 「目元があの子に似ているなあ。」 とつぶやいて、出て行った。
僕は、就職活動を始め、ありとあらゆる業種の面接を受けた。
僕自身が見せ物になるのは嫌だったので、何とか、僕自身の能力を買ってくれるところを探した。そうして、結局、近所のラーメン屋のおやじが、僕を雇ってくれた。
最初は、皿洗いからだった。皿くらいなら、僕の熱い息であっという間に乾かすことができる。
それから、ラーメンを作るほうも、少しずつ任せてもらうようになった。もともとラーメンが好きだった僕は、この仕事を楽しんでやることができた。息子を背中に背負ってラーメンを作るドラゴンは、近所でもちょっとした評判になった。僕は、好奇心から来る客の舌を満足させるだけのラーメンを作ろうと、日夜努力した。
仕事が終わって、家でくつろいで息子の相手をしていると、なるほど、目元が妻そっくりだな。と、妻の父親が言っていたことを思い出す。
僕ら親子を眉をひそめて見る人々に対しても、くったくのない笑顔を向けられる、その小さな勇気も、妻にそっくりで。
もうすぐ、息子も保育園だ。きっと、そこでもみんなとうまくやれるだろう。僕は、信じて疑わない。
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