セクサロイドは眠らない
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2002年04月19日(金) |
私は、世界が空っぽになってしまったみたいな気がして、そこから動けない。祭りは終わった。 |
洋介に繋がっている点滴が、ポタリポタリと落ちるのをしばらく眺めていた後、私は編物の手を止めて病室を出る。
詰所では、相変わらず、髪を染めた若い母親がインターンを相手に耳障りな嬌声を上げている。公衆電話では、テレフォンカードを何枚も握り締めた女の子が、今夜も、看護婦に注意されるまで電話を掛け続けるのだろう。
だが、彼らを誰が責められよう。いつ終わるともしれない長い夜を幾つも過ごしている彼らを。
私は、階下に下りて、階段の脇の公衆電話から自宅に電話する。洋介が入院している間、次男の面倒を見るために実家から母が来てくれているのだ。 「もしもし。」 「あ、お母さん。健斗は?」 「さっき寝かせつけたところよ。洋介のほうは変わりなし?」 「ええ。相変わらず、意識はないまま。」 「そう。あんたも、疲れ出さないようにね。いつでも交代してあげるから。」 「ありがとう。」
他に話すこともない私達は、短い会話で電話を終える。
その足で、談話室に向かう。
いた。
「やあ。」 タクが嬉しそうに微笑む。
白い肌が、長い病院生活を物語っているが、柔らかい髪、年齢より若く見える美しい顔。以前、私が洋介の主治医と話をしている間に退屈していた待っていた健斗の相手をしてくれていたのがきっかけで、彼と親しくなった。
「あの。これ。」 私は、バッグから包みを取り出す。
「なに?」 「今日、お誕生日でしょう?」 「そうだけど。」 彼は、不思議そうに目をぱちぱちさせて、包みを開ける。中から出て来た時計に目を輝かせる。
「うっそ。こんな高そうなもの、いいの?」 「うん。」 「でも、俺、誕生日だなんて言ったっけ?」 「ええ。忘れた?」 「そうだったかな。ほんと、ありがと。サキちゃんからもらったものだし、大事にするよ。」
私は、先日、タクが 「あーあー。今年の誕生日も、この病院で迎えるのかあ。」 とボヤいていたのを聞いたのだった。
仕事中に骨折したという彼は、もう、一年以上外科の病棟にいる。
「ね。ちょっと俺の病室、来ない?」 「ちょっとだけ、ね。」
私達はわざと時間をずらして、タクの個室に入る。
タクは、ベッドの上に座ると、私を引き寄せて口づけてくれる。 「本当に、ありがとう。つまんない入院生活の中で、サキちゃんがいることだけが僕の救いだよ。」 「ううん・・・。私も。タクといると、なんだか元気が出てくるの。」
そうやって、短い時間触れ合うと、私は急いでタクの個室を出る。
--
長男の洋介が小学校の帰りに事故に遭ったのはニ週間前のことだ。
まだ、免許を取って間がない若者の車に跳ねられたのだ。
それでも、なんという皮肉か。それまで冷え切っていた私と夫の関係は、意識のない洋介のおかげで、改善されつつある。家族に無関心だった夫は、私を気遣う言葉を掛けるようになってくれたのだ。
ーー
小児病棟のほうに足を運ぶと、何やら騒がしいのに気付く。
「どうしたんですか?」 私は不安な心を抱えて、そばを行く看護婦に声を掛ける。
洋介だ。
部屋の中には、医師と看護婦がいて、洋介を囲んでいる。
ほんの少しここを離れていただけなのに。
「ねえ。洋介は?駄目なんですか?先生。」 私は半狂乱になって叫ぶ。
看護婦が、 「ご家族をお呼びになってください。」 と言う声が聞こえる。
ごめんね。ヨウちゃん。ママがここに付いててあげなかったせいで。
私は、その場にくずおれる。
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葬儀が終わると、母は、 「じゃあ、私は帰るから。」 と言って、立ち上がった。
「いろいろありがとう。」 「しっかりおしよ。子供は洋介だけじゃないんだからね。」 私はうなずく。
事情を飲み込めていない健斗が愛らしく 「おばあちゃん、また来てね。」 と叫ぶのが、切ない。
夫が私の肩を抱いて、タクシーに乗せてくれる。
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ひっそりとした家に戻ると、私は、妙な喪失感に襲われる。
幾日かぼんやりとした日々を過ごし、最初のうちこそ夫も心配していたが、仕事に追われるにつれ、夫は少しずつ、以前の無関心な夫に戻って行った。
そうだ。タクに会いに行こう。
私は、その思いつきに心が急に弾むのを感じる。
本屋に寄って、いつかタクが好きだと言っていた作家の新刊本を買い、健斗と三人で食べるようにケーキも買い込むと、病院行きのバスに乗る。
「ねえ。ママ、どこ行くの?」 「前、ケンちゃんと遊んでくれたお兄ちゃんのところよ。」 「ふうん。」 「覚えてる?」 「覚えてないよ。」
私達は、そんな会話をしながら、タクの病室に行く。だが、タクの病室だった部屋から、タクの名前のプレートが外され、ベッドも綺麗に整えられていた。
私は、慌てて詰所に行く。
「502号室の患者さんですか?先週、退院されましたが。」
そんな・・・。
私は、呆然とそこに立ち尽くす。
「ママ?ママ?」 健斗の小さな手が、私の手を引っ張っているが、私はそこから動けない。
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フラフラと病院を出ると、私は、世界が空っぽになってしまったみたいな気がして、そこから動けない。
祭りは終わった。
そんな言葉が響く。
「ねえってば。」 健斗が、私を心配している。
「ねえ。ケンちゃん、病院、楽しかったねえ。」 私は、そんなことを言って、車が行き交う道路を眺める。
ケンちゃん、あんまり痛くないようにするからね。
私は、走って来た車に向かって健斗の小さな背中を押す。
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