セクサロイドは眠らない

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2002年04月15日(月) 「ああ。16になって、僕らは普通に、じゃあねって言って別れて、それっきりさ。」「彼女、本当に行っちゃったんだ。」

僕らは長い坂を、だらだらと歩いている。

「ウサギ。小さい、手の平に載るようなウサギ。知ってるか?」
「ああ。テレビで見たことがある。」
「夏祭りなんかの夜店で売ってるところを見たことは?」
「それはないけどさ。」
「あのウサギなんだけど。魔法使いに姿を変えられた子供だっていう話があるんだ。」
「なんだよ?それ。」

僕は、隣を歩く友人に、昔仲良しだった女の子が教えてくれた話をする。

--

夜店で売られているウサギ。あれね。売ってる男を見たことがある?背が高くて。黒っぽい服を着て。そいつが魔法使いなの。魔法使いは、ウサギを子供に売る。子供は、それを飼うんだけど。

そのウサギには魔法が掛けてあってね。飼い主の子供を誘うの。誘うって言っても、その赤い目でじっと見つめるだけなんだけど。全部の子供が気付くわけじゃないんだ。自分が今いる場所、親や先生や友達なんかとうまくいってないって思ってるような子の耳には、誘う声が聞こえるの。

「行こうよ。すごく素敵な世界。きみがいやだと思うことを、無理矢理させたりしない。そんな場所へ。」
ってね。

子供は、うなずいて、夜のうちにウサギと出て行ってしまう。

そうして行きつく先で魔法使いが待っている。魔法使いは、子供の脳みそを抜いて食べちゃうの。それから、子供をウサギに変えて、空っぽの頭に、ウサギの毛のようにフワフワした白い綿を詰める。そうして、また、そのウサギ達を連れて、夜店に売りに行くの。

--

彼女はそんな話をしてくれた。

僕は、
「まさか。」
と、笑った。

「信じないの?」
「だってさ。そんなこと言い出したら、あっちでもこっちでも、行方不明の子供だらけになっちゃうよ。」
「ウサギを飼った子供全員が、家を出ちゃうわけじゃないの。本当に家や学校にいるのが辛い子供だけが家を出るのよ。それに、魔法使いは巧妙なの。ウサギを売りに行く場所を転々と変えて、変な噂が立たないように工夫してるのよ。」
「じゃあさ、何でお前がそんな話知ってるんだよ?」
「誰にも言わない?」
彼女は真剣な眼差しで、僕を見つめる。

「あ。ああ・・・。」
「その魔法使いっていうのが、私のパパなの。」
「お前のパパ?お前んちのおじさん。あれが魔法使い?」
僕は、腹巻きした太鼓腹のおやじを思い出した。

「違うわよ。あれは親戚のおじさんよ。パパは仕事で外国に行ってることが多いから、私、ずっと預けられてるの。」
「へえ。」
「ねえ。信じてないでしょう?」
「え?うーん。だって。」
「いいわ。信じてくれなくても。だけど、一つ覚えていて。」
「何を?」
「私、16になったら、魔法使いと対決するの。」
「何で、16?」
「私達、今は、12歳でしょう?大人にならないと、魔法使いに対抗できるだけの力がつかないのよ。だから、私は、16になったら魔法使いと闘いに行くの。」
「勝てるのかよ?」
「分からない。勝てたら、戻ってくるわ。負けたら、もう戻って来ないかもしれない。」
「勝てるといいなあ。」
僕は、彼女がいなくなるのは嫌だな、と思いながらそう答えた。

「捕まえられた子供達が力を貸してくれれば、勝てるかも。」
「きっと勝てるさ。」
「分からないよ。そんなの。だって、ずっとウサギのままのほうが幸せってこともあるじゃん。」

それから僕らは二度と魔法使いの話はしなかった。

「で?」
友人は訊ねる。

「ああ。16になって、僕らは普通に、じゃあねって言って別れて、それっきりさ。」
「彼女、本当に行っちゃったんだ。」
「うん。」
「帰って来ない?」
「ああ。」
「負けちゃったのかな。」
「さあなあ。まだ、世界のどっかで闘ってるのかもしれない。」

坂を昇り切ると、僕らは少し息切れしていた。

「あの先だよ。」
僕は指差す。

「何があるの?」
「新しくオープンしたペットショップ。」
「もしかして?」
「うん。彼女によく似た女の子がいるんだ。」

僕らは、その店のドアを押す。

ドアベルがチリチリと鳴る。

「いらっしゃいませ。」
微笑んだ女の子は、やっぱり、息を飲むくらい彼女にそっくりで。けれど、彼女の瞳は、僕を見てもチラとも揺れない。

僕は、彼女に声を掛けようとして、やめる。

あの勇敢な女の子は、もういないのだろうか?

それとも、脳みそを食べられて、魔法使いの手先になっちゃったんだろうか?

--

友人と坂を下りながら、彼女の言葉を思い出す。
「だって、ずっとウサギのままのほうが幸せってこともあるじゃん。」

僕は首を振る。

彼女は負けたんじゃない。

それから、世界のどこかで、黒い髪をなびかせた女の子が勇敢に闘っている光景を想像してみる。

彼女は、「覚えていて。」と、あの日言った。

だから、僕は忘れない。ずっと待ってる。

帰って来たら、まっさきに僕に会いに来る筈だもの。


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