セクサロイドは眠らない

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2002年04月14日(日) 静かに始まった恋は、やがて、熟れ過ぎた果実のように、ある日、地面に落ちて、醜くつぶれる。

世の中にインターネットが普及したおかげで、今日も、誰かと誰かがネットで出会い、見えない相手と恋に落ちる。

男は、その女性が綴る、静かな中にも強い意思を感じる文章が好きだった。いつも、そのページを開くたびに、その凛としたたたずまいに溜め息をつく。見もしないその人に抱く感情は、もはや恋と言っても良かった。男は、ある日、勇気をふるいおこして、彼女にメールを書いた。しばらくすると、暖かい返信が来た。彼女もまた、男が持つウェブページを見てくれて、折々の感想をくれるようになった。

そうして、幾つものメールが行き交い、男と、その女性は、いつしか、実際に会いたいと思うようになった。

男は、とうとう抑えきれず、「逢いに行くよ。」と、メールを。彼女も最初は拒んだけれども、とうとう「では逢いましょう。」と。

けれども、インターネットというのは、本当に世界の端と端を、いとも簡単に繋ぐので、男は知らなかった。女性の住む島は、平均身長が2.5mの住人の暮らす島だということを。

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いくら彼女が島では小柄なほうだとはいえ、彼女もまた、身長2mを越えていた。だがしかし、初めて会った時、男は驚きこそすれ、その時既に、彼女に深く恋をしていたので、身長の差など気にならなかった。それに、彼女は美しかった。漆黒の豊かな髪に包まれた白い端整な顔は、陶器の人形のようだった。

「美しい。」
男は、驚嘆して、つぶやく。

だが、女性は恥じ入り、うつむいてばかり。

「顔を上げてごらん。」
男は、懇願する。

女性は、海岸に近い宿の一室、誰も見ていない場所で、ようやく安心して顔をあげ、微笑む。
「やっと会えたわね。」

男は、その女性が見上げるように大きくても、かまわなかった。

「あまり見ないで。」
彼女は恥ずかしさのあまり、顔をそむける。

「こっちを向いて。」
男は彼女にそっと口づける。

そうやって、何度も。何度も。

女が、指輪の跡がついている指をそっと隠すように手を握り締めたのを、男は知っていた。

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そうやって、静かに始まった恋は、膨大なメールのやり取りの中で育って行き、やがて、熟れ過ぎた果実のように、ある日、地面に落ちて、醜くつぶれる。

「もう、あなたには逢えない。」
彼女のメールは悲しい。

「どうして?」
男は、必死ですがりつく。

彼女は、結婚をして子供がいることや、男より大きな身長のことやら、そんなことを並べ立てるけれども、彼は納得できない。

「たとえ、きみが身長10mの恐ろしい顔をした怪物だったとしても、きみを愛するよ。」

けれども、彼女の返事は、はっきりしたものだった。

「もう、逢いません。」

男は絶望して、それから、やさしい娘と結婚をした。男のことをずっと愛し、待っていた、心やさしい娘と。男と妻の間には、二人の愛らしい子供もできた。けれども、男の心には、大きな大きな空洞があって、男は、その空洞を見つめて暮らす。

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もう、彼女からの最後のメールが来てから、五年が過ぎた。

男は、それでもまだ、メールを待つ。

それを信じて疑わないことで、男はなんとか生きているのだから。

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ある日、メールが一通。もう、誰からもメールが来なくなっていた、男の元にメールが一通。なつかしいアドレス。

「あの人からだ。」

男は、息を吸って、震える指でそのメールをそっと開く。

それは、彼女の娘と名乗る女性からだった。

「母の知人と思われる人々にこのメールを送信しています。」
それは悲しい知らせだった。女性が、狂気の果てに、自らの命を絶ってしまったことを知らせるメール。

仮に、それが、真実であってもなくても、男には関係がなかった。男が信じていられるものは、ただ、目の前にある、海の向こうで綴られた悲しい言葉だけだったから。

男は、ついには絶望して、ふらふらと立ち上がると、部屋を出て行く。

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「夕飯ができたわ。」
妻が、男を呼びに、部屋を覗く。

薄暗い部屋で、電源が入ったままの、パソコンが青白く光っている。

「あなた・・・・?」

だが、しかし、妻には分かっていた。

男が二度と戻って来ないこと。

波のまにまに飲まれて、二度と戻って来ないこと。

妻は、そっとパソコンの電源を抜く。パシュと音を立てて、部屋は暗く静かになる。それはまるで、死人のまぶたを閉じさせる行為に似て。


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