セクサロイドは眠らない
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2002年04月05日(金) |
長い口づけのあと、唇を離した僕に、彼女は言う。「ほら。やっぱり。あなた、私を責め始めているわ。」 |
彼女を見て、僕は、ハッと息を飲む。
もう、とっくに五十は越えていえる筈なのに。いや、もう、六十に手が届こうとしているかもしれないと聞いていた。
それなのに目の前にいるのは、張り詰めた肌の、美しい女。三十代、いや、二十歳と言っても通るほどだ。
「人が来るなんて、めずらしいわ。誰にも見つけられないと思っていたのに。」 彼女は微笑んだ。
「随分と探しました。」 と、僕は答える。
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彼女の本を初めて読んだのは、僕が中学生の頃だっただろうか。少々難解であるにも関わらず、僕はその本に胸をときめかせ、以来、彼女のファンになった。人前には決して顔を出さないで、海外のどこかに引きこもって書き下ろしで小説を書く。
そんな女流作家の噂を、あなたも聞いたことがないだろうか。
「随分と姿を隠しているつもりでも、見つける人はいるのねえ。もっとも、前回ここに人が来たのは三年前だけれども。」 「一人きりでこんなところにいて、寂しくはないんですか?」 「寂しい?そうねえ。どうかしら。ただ、私は書かなくてはいけないから。書いていれば、私は寂しくはないのよ。」 「それにしても・・・。」 「なあに?」
僕は言いにくいことを思い切って口にする。 「あなたの年齢は、もう六十近いと聞きました。でも、実際のあなたは、随分と・・・。」
彼女は微笑む。 「あなたが信じることができる年齢でいいわ。いくつだっていいのよ。」
彼女は、濃い色のグラスを手に取ると、少々眉をしかめながらそれを一口飲む。
彼女に関してはさまざまな噂が飛び交っている。年齢の割に、あまりにも瑞々しく輝く恋の物語の数々。実際にはそれを書いているのは、中年の夫人ではなく、若い女性達ではないのかと。しかし、よく読めば分かる。それは、一人の人が深めて行った思索に支えられ、決して、ただの軽い恋愛ストーリーではないことが。
「私のことはどうでもいいじゃない?それより、そこに座ってあなたの話でも聞かせてちょうだい。私だって随分と一人でいたのだもの。何か面白い話を聞きたいわ。」 「僕?僕は何も話すことはんかありはしないのです。あなたの経験されてきた恋の数々に比べたら。ただ、あなたの書いたものに恋する男です。」
彼女は微笑んで僕に手を差し伸べる。
僕は、震えが抑えられない手で、そのほっそりとしなやかな手を握る。
どこからか、甘い香りが漂っている。
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白いシーツの上で、彼女の豊かな肢体に僕の体を沈める。
甘い香り。
艶やかな髪と肌。
シーツのこすれる音。
「夢のようだ。」 と、僕はつぶやく。
「夢じゃないのよ。もっとしっかり抱き締めていて。あなたとはそう長くはいられないから。」 彼女はうわ言のようにつぶやく。
この屋敷が化け物屋敷で、彼女が僕の生気を吸う幽霊であったとしても、僕は後悔はしないだろう。日々、彼女の体に溺れ、彼女が時折つぶやく言葉の泉の中にうっとりと浸っているだけで、死んでもいいと思うぐらいだった。
「あなた、そのうち私を責めるようになるわ。」 彼女は時折、悲しそうな目で言う。
「そんなこと、あるものか。」 僕は、彼女の不安を吹き飛ばしてやろうと、強く抱き締める。
彼女がどんな恋愛をしてきたかは知らないが、今回は違う。僕は違う。僕は、彼女を幸せにしてやる。彼女が望むなら、仕事を続けることの妨げにならないように、ひっそりと息を潜めて、彼女のそばに居よう。
「本当に?」 「ああ。本当さ。」
僕は、動きを早める。
彼女の憂鬱を吹き飛ばすように、僕の動きは激しさを増す。
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「そろそろ、遊びは終わりにしましょう。」
僕らは、ただ、日がどれくらいの早さで過ぎて行くのか気付かないままに、お互いを貪り合って暮らしていた。
「そろそろ書かなくては。」 彼女は、乱れた髪を手早くまとめると、薄いローブを羽織り、僕をベッドに置いたまま立ちあがる。
「待ってよ。」 僕は、急に不安になって、彼女の腕を掴む。
「だめよ。」 彼女は優しく微笑む。その顔は少し青ざめていて。
「そうだね。ごめん。」 僕は、謝る。だって、僕はちゃんと誓ったではないか。彼女が書くならば、邪魔にならないように息を潜めていようと。それなのに、僕はもう、彼女がどこかに行ってしまうかと不安で、彼女を引き止めようとしてばかりだ。
その、書斎のドアが閉まる音に、泣きたくなる。
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それからの数日、彼女は、取り憑かれたように執筆を続ける。
僕は、食事もろくに取れずに、ドアの外で待つ。
だが、もう辛抱できずに、ドアを開けてしまった。
彼女が驚いて振り向く。
「少し、休んだほうがいいんじゃないのか?」
だが、彼女は、消耗するどころか、顔をきらきらと輝かせている。 「放っておいてちょうだい。」
僕は、彼女を抱き締めようとする。
その手をやんわりと払いのけると、彼女は、すぐさま机に向かってしまう。
「ねえったら。」 僕は、まるで駄々っ子のようだ。
僕はかっとなって、彼女を無理矢理こっちに向かせ、口づける。
長い口づけのあと、唇を離した僕に、彼女は言う。 「ほら。やっぱり。」 「何がだよ。」 「あなた、私を責め始めているわ。」 「ああ。そうだよ。きみは、何ていうかな。少しおかしい。書くことは、そりゃ大事なんだろうが。」 「もう、駄目なのよ。私は書かないわけにはいかないの。書かされているの。私はただの媒体なのよ。私という肉を通過して、それらは世に出て行くの。書くのには体力が要るわ。誰かがその肉体の労働をしないといけないというわけ。」 「よく分からないよ。」 「私が若くいられるのも、その取り憑いたもののせいよ。私が書くための肉体を維持できるのはそのせい。私には、もう、どうしようもないのよ。」 「どうすれば・・・?どうすれば、きみは書く手を止めて僕を抱いてくれる?」 「私も、あなたと同じだったわ。あの人に、狂ったように泣いて、愛してもらいたがった。」 「もう一度愛しておくれ。」 「心臓に深く根を下して、私の体に取り憑いてしまったものを取り除かない限り、私は書き続けなくてはならないのよ。」
彼女が微笑む顔は、もうすでに彼女のものではなく。僕は、彼女の中の魔物に身震いする。
「今なら、間に合うわ。私は、まだ、私だから。あなたが私を手に入れたいなら、今よ。」
僕は、うなずいて、そばにあった果物ナイフを手に取る。
ずぶずぶと刃を沈めて、その、湧き出す泡の中に手を差し入れる。
「これか。」 僕は、彼女の心臓と、それを取り囲むように根を張っている得体の知れない生命体を引っ張り出す。
彼女は、ドサリと倒れると、みるみるうちに、崩れて風に飛び散る。
僕は、知らず知らずのうちに泣いていた。
それから、手の平に残った、甘い匂いを放つ毒々しい色の果実を、一口。また一口。
全て食べ終わると、机に座り、彼女の残した原稿に向かう。
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