セクサロイドは眠らない

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2002年04月03日(水) 「本当はすごく好きで。一人でいる時は、彼とキスすることとか、抱かれるところとか、いろいろ想像しちゃってたのに。」

「そこに座って。」
と言われて、私は暖色系の物がちりばめられたその部屋のソファに腰をおろす。

部屋は雑然としていて。けれども、それすら計算し尽くされたことのように感じる。あまりに整然とした部屋よりは、少々散らかったいたほうが落ち着くということなんだろう。

「カウンセリングは初めて?」
「いえ。あ、初めて、です。」
「そう。」

彼は、ゆっくりと眼鏡を拭きながら、私をちらりちらりと見ている。

「何でも、正直にしゃべらなくちゃいけないんでしょう?」
「いや。そんなことはない。無理矢理しゃべってもらっても駄目だからね。ゆっくりでいいんだよ。まずは、無理なくしゃべることができるところから。」
「あ。あの。私、言えます。何でも。」
「で?」
「うん。えと。鬼ごっこのようなものなんです。」
「ふむ。鬼ごっことは?」
「えと。彼が隠れてて、あたしが見つける。あたしが見つけたら、また、彼は隠れる。」
「彼って?」
「恋人です。」
「付き合って何年くらいになるのかな?」
「えーと。三年・・・、かな。」
「きっかけは?」
「ずっと友達だったんです。すっごく仲良くて。高校受験の頃に勉強聞いたのがきっかけで。その後はずっと一緒だった。勉強とか教えてもらって。学校から帰るのも一緒で。」
「男女として意識し始めたのは?」
「多分、高三の夏頃から。それまではグループで映画とか行ってたのに、彼が遊園地のチケット、二枚だけ渡して来たんで。それからだんだん二人で行動するようになって。」
「彼が積極的だったの?」
「どうかな・・・。多分。ていうか、途中までは友達だと思ってたんです。私。」
「ある日、その壁を越える出来事が起こったというわけ?」
「うん。」

私は、水を一口飲む。

こんなこと、人にちゃんとしゃべるのは初めてだから。だけど、言わなくちゃ。本当に頭がおかしくなっちゃう前に、誰かに言わなくちゃ。

「どっちがアクションを起こしたの?」
「彼です。日曜日だったんだけど。二人でデートして、帰り道、急に抱き締めて来て。」
「どんな気分だった?」
「嬉しかったっていうより・・・、何ていうのかな。びっくりしたって感じ。」
「それから付き合い始めたの?」
「いえ。私、その時、大笑いしちゃったんです。嘘でしょう?って。」
「彼はどう答えたの?」
「すごく傷付いたみたいで。で、私、友達だと思ってるから、とか言ったんです。」
「彼は?」
「ちょっと黙ってたけど、急にニッコリ笑って、そうだよな。って言ったんです。友達だよな。って。俺、どうかしてたよ。って。」
「それから?」
「でも、私、それから彼が気になって、電話とか、恥ずかしくてなかなか掛けられなくなっちゃったんだけど。でも、勇気出して、電話して。クリスマスの日。出て来てもらったんです。で、彼にプレゼントとか渡して。途中まではすっごいいい感じだったんですよ。なのに。ね。彼が急に真顔になってキスしようとするから、私、彼を押し戻しちゃって。やっぱり無理って言っちゃったんです。なんか、恥ずかしかったから。」
「でも、好きだったんだ?」
「うん。本当はすごく好きで。一人でいる時は、彼とキスすることとか、抱かれるところとか、いろいろ想像しちゃってたのに。なのに、いざとなったら、駄目で。なんか、笑っちゃって。恥ずかしくて、まともに相手の顔とか見れないから。」
「彼は?」
「彼?えと。その後、すっごい傷付いたみたいにして、黙って帰っちゃいました。」

私は、彼が何を考えながら私の話を聞いているのか知りたくて、メタルフレームの眼鏡の奥を見るけれども、彼の目には何の表情も見えない。

「それから?」
「彼は県外の大学に入っちゃったから、もうすっかりあきらめてて。そうしたら鬼ごっこが始まったんです。最初は気付かなかったんですよ。道をね。歩いてるとね。犬がついて来るの。ずっとついて来て。あっち行きなさいよって言ってもついて来て。で、しょうがないから餌とかやってて。そのうち気付いたんです。もしかして?って。彼がね。犬に姿を変えて、私を尾行してるんだなって分かったんですよ。」
「じゃあ、彼は犬になっちゃったわけなんだ。」
「いえ。違います。っていうか。そうなんですけど。でも、私が気付いちゃうと駄目なんです。そっから抜け出して、別のものになって私に付きまとうっていうか。一番困ったのは、読んでる本を通じて彼が話し掛けて来た時かな。」
「本?」
「ええ。恋愛物なんですけど。その主人公の台詞がね。彼が言ってることなの。愛してる。とか。僕らの恋は肉体を超えたとか。そういうことをね。ずっと言うんですよ。で、無視してストーリーを追おうとしても駄目なの。もう、彼が邪魔して来てね。」
「そうやって、いろんなものに姿を変えるというわけだね?」
「ええ。で、私が気付いて、本を放り出すでしょう?そうしたら、彼は本から抜け出て、また、私に付きまとう手段を考えてくるわけなんですよ。ちゃんと私が気付くように、いろんな信号送ってくるんです。」
「なるほど。」

彼は、じっと考え込むような表情になる。

私は、いらいらしながらその沈黙に耐える。

「問題は、今日どうしてきみはここに来たのか、だね。」
「え?」
「一体どうしたいのか。これからも鬼ごっこを続けたいのか。もう、彼にどこかに行って欲しいのか。」
「そりゃ・・・。できれば、彼がちゃんと生身の姿で私に会いに来てくれるのを望みますけど。でも、それはきっと無理なんです。彼、そういうの、苦手なんでしょうね。」
「じゃあ、今のまま、もう少し鬼ごっこを続けてもいいというわけなんだね。」
「そう・・・、なるのかな。だって、彼には私しかいないわけだし。」

私は、その時ハッとして、彼を見上げる。

どうして気付かなかったのだろう?

「また・・・。こんなところに・・・。」
「え?」
「こんなところに隠れてたのね。私が気付かないと思って。」

私は、フラフラと、目の前の相手に駆け寄る。

医者は咄嗟に身をかわす。

「いつまで?ねえ。いつまで続けるの?こんなことを。医者の格好なんかしちゃって。こんな手のこんだこと、やってて楽しい?」

私は、あんまりおかしくて、つい大声で笑ってしまう。

あの日と同じ。

あまりにおかしいのと。嬉しいのと。恥ずかしいのと。

一度に感情が押し寄せて来て。

私は、喉の奥をひくひくと言わせて。

ああ。まるで笑いが止まらない。まるで泣いてるみたいな声で、私は笑い続ける。

また、逃げるつもりね?

本当に、おふざけが過ぎるんだから。私、そういつまでもあなたの相手してあげられなくってよ?

今日こそ捕まえてあげるわ。

彼の眼鏡が、床に落ちて音を立てる。


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