セクサロイドは眠らない
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2002年04月02日(火) |
恋人は、ナイフを突き付けるように聞いて来た。僕は答えられなかった。可愛いというより、あの子は・・・。 |
「ねえ。タケちゃん・・・。タケちゃん。」 ルイが、薄い色の目をきらきらさせて、僕を見る。
なんて美しい少年だろう。
それがむしょうに悲しい。
「どうしたの?」 「あのねえ。」 と、庭に舞う蝶を指差すしぐさも子供のようだ。
従弟のルイの母親が亡くなって彼を預かってくれないかと言われた時、周囲は気を使って、 「しばらくの間だけだからね。施設はどうしても嫌だって暴れるもんでね。」 と、口々に申し訳なさそうに言った。
僕は、かまわない、と答えた。僕は、ルイとは気が合う。むしろルイを手元に置けて嬉しいぐらいだ、と。
ルイは、施設に入る必要はないのだ。
ルイは、いつも、世間に置いてけぼりを食らうだけで。ただ、それだけで。歩く速度が、他の人とは全然違うだけで。羽の生えた靴で、どこか人とは違う全く別の場所をさまよっているのだ。
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僕が仕事に行っている間、ルイは静かに過ごしている。決して僕が困るようなことはしないし、ちゃんと言って聞かせれば理解もする。朝、出掛けにルイに見送られると、一人にしておくのが可哀想で胸が痛むのだが、帰宅がどんなに遅くなってもルイは僕を微塵も責めず、ただニコニコと出迎える。
「先に寝ていていいんだよ。」 と、僕は言うのだが、ルイはいつも起きて待っている。
そうして、僕に一日の出来事をせがむから、僕は、ルイが喜びそうな話を一つ二つしてやる。ルイは、僕のどんな話も、少し顔を傾けて、嬉しそうに聞き入るのだった。
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「ねえ。どういうことよ?」 恋人の不機嫌は最高潮に達している。
ルイを預かってからというもの、恋人に会える日が少なくなったせいだ。
「だから言ったろう?親戚の子を預かってるんだって。」 「だから、いつまでよ。」 「分からない。ルイにとって居心地のいい場所が見つかるまで。」 「そんな・・・。じゃ、あたしはどうなるのよ?」 「どうって?」 「結婚。」 「もうちょっと待って・・・。」 「嫌だからね!あたし、これ以上待てないからね!」
店中に響く声で叫ぶと、恋人は僕を置いて店から走り出てしまった。
きっと、今頃、僕が追い掛けて来るのを待っているのだろう。
けれども、僕はそこに根が生えたように動けない。もうその場しのぎでなだめたところで、彼女は僕を待たないだろう。
そんなにルイって子が可愛いの?
恋人は、ナイフを突き付けるように聞いて来た。
僕は答えられなかった。
可愛いというより、あの子は・・・。
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「遅かったね。」 ルイは、まだ起きて待っていた。
「ああ。ごめん。」 「あやまらないで。」
ルイは、絵本を開いていた。「おやすみなさいのほん」。ルイが幼い頃、ルイの母親がよく読んでくれたと言って、ルイは暇があればその絵本を見ている。
「また、その本見てたんだ?」 僕が声を掛けると、ルイはうなずく。
「この子供が、僕なんだよ。」 と、絵本に出てくる子供の姿を指して言う。
僕はうなずく。
「タケちゃんに女の人から電話あったよ。」 「女?」 「うん。」 「何て言ってた?」 「あなたがルイくん?って聞いた。」 「それから?」 「んーと。んーと。覚えてない。」 「そうか。」
彼女だ。ルイに何か変なことを言ってなければいいが。
「もう遅いから、寝よう。」 「うん。タケちゃん、おやすみ。」
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僕は、ルイが心配で、仕事で遅くなる日は電話を掛ける。
いつも、ルイの声を聞くとホッとする。本当は、ルイが心配なんじゃなくて、ルイの声を聞きたいだけなのかもしれない。
だが、どうしたことだ?
ルイは、いつまでも出ない。
おかしい。
どこにも行く筈はないのに。何かあったのだろうか?
僕は、焦って仕事を終わらせる。
そんな時、彼女から電話。
「なんだよ。今急いでるんだ。」 電話の向こうの彼女は泣いている。
「どうしたんだよ?」 「あのね。ごめんなさい。」 「何が?」 「今日、あの子に会いに行ったの。ルイって子。それで、あたし、あの子にひどいことを。死んじゃえばいいって。」 「何てことを・・・?」 「どうしても、言わずにいられなかったの。」 「ルイが電話に出ないんだ。」 「あたしも心配でさっき電話したんだけど。もしかして、あたしの言ったこと本気にしてたらどうしよう?」
何ということを。
僕は舌打ちをする。
「ごめんなさい。ごめんなさい。多分、あたし、嫉妬してたんだわ。」 電話口の向こうで彼女が泣いている。
「とにかく、切るよ。僕は急いで帰る。」
ルイ、無事か?
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部屋は誰もいない。
窓が開いていて、風が吹き込んでくる。
窓に三日月。
「ルイ?」 返事はない。
開きっぱなしの絵本。
絵本の中で子供が眠っている。
ああ。ルイ。きみは、どこへ?
それにしても、彼女は怖かったのだ。きみの美しさが。そうして僕も、本当は怖かったのかもしれない。きみが。きみの「善なる部分」は、まさに才能のように僕らを圧倒していた。そう。僕らがどんなに望んでも、手に入れることのない、才能。その美しい目で見つめられたら、自分の汚さを嫌でも思い出すしかないのだ。神様は随分と残酷なやり方で、その偉大な才能を、壊れ易いガラス細工のような肢体に封じ込めた。
僕は絵本に目を落とす。
大好きだったよ。と、絵本の少年に口づける。
「おやすみ。ルイ。」
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