セクサロイドは眠らない

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2002年04月01日(月) 人魚が人間になるためには、三つのものを捨てなくてはならない。一つ目。しっぽ。二つ目。永遠の命。三つ目、・・・

私は陸に上がった人魚。

浜辺で倒れているところを、今の恋人、アメリカから渡って来た売れない画家に拾われた。

人魚が人間になるためには、三つのものを捨てなくてはならない。

一つ目。しっぽ。

二つ目。永遠の命。

三つ目。自分の体の一番魅力的な部分。

伝説となった私達の祖先、人魚姫は、その、鈴を振るような美しい声を捨てた。私は何を捨てたかって?私は耳たぶ。その桜貝のような耳たぶを、多くの男達に愛された耳たぶを、捨てた。

--

少し息抜きをしてくるわね。

と恋人に告げ、気まぐれからふらりと旅に出た。

その店には「地酒」と書かれていたので、私は恋人へのお土産にと、入る。

中は、さまざまな銘柄の瓶に混ざって、オリジナルの酒瓶が並べられている。そのほとんどが、深い青をしていた。私は、手の平に乗るような、その瓶を手に取る。底には赤や黄色のビー玉が沈められ、振ると、チリンと鳴る。なぜか、それを見ていると、私の故郷、海の底が思い出されて。涙ぐむ。

「お気に召しましたか?」
店主が、私の泣き顔を見て、微笑む。

私は、恥ずかしくて。
「なんだか、故郷を思い出しました。」
と、慌てて言い訳する。

店主は、
「お包みしましょう。」
と、その瓶を取り上げて。

私は、はっと息を飲む。

彼の長く美しい指をした手には、小指が欠けていた。

私は、無意識に、長い髪を耳にかける。

彼も見たはずだ。私の耳から、耳たぶが失くなっていることを。

そうしてその瞬間、理解し合った。

私達は、二人とも、陸に上がった人魚。私は、なぜか、その欠けた指に激しく欲情する。

--

彼は、私の宿泊している部屋に、夜、忍び来る。

「大丈夫だったの?」
「ああ。妻は、具合が悪くて実家に帰っているんだ。」

それ以上は、お互いの事情を話さないで、私達は、もどかしげにお互いの服のボタンに手を掛ける。

「見せて。」
私は、言う。

彼は、着ていたものを脱ぎ、私は、彼のペニスをじっと見つめる。
「素敵よ。」

「きみも。」
という言葉にうなずいて、私も服を脱ぐ。

「きれいな脚だ。」
と、唇を這わせ、
「それから、ここも。」
と、脚からなだらかに続いて、ついには慎み深く隠された部分に到達する。

私は、深いため息をつく。

「どうして人間になったの?」
と、彼は訊ねる。

「どうしてかな。多分、永遠に続く幸福に倦んでしまったのでしょう。」

私達は、人間として交わる。それは、人魚同士の交わりとは全然違うものだった。

--

私は、恋人に、「一ヶ月くらい滞在する。」と連絡をした。彼とは、毎日のように会う。そうして、ただ、服を脱ぐのももどかしく、何度も何度も交わって。彼の妻のことは考えない。多分、私達は、ずっと深いところで結びついていて、それは、かつて人魚だった者同士にしか理解し合えない部分なのだ。

そうやって、何度も。

しかし、いくら明日のことを考えないようにしても、いつかは終わりがくる。

ある夜。

彼は、私に告げた。
「もう、終わりにしよう。」

「どうして?」
私は驚く。

「妻が。妊娠している。」
「それが理由?唯一の?」
「きみだって、分かるだろう?」

彼は、それ以上何も言わず出て行く。彼は最初から、ずっとこの日を覚悟していたのだ。

なのに私は、これが永遠に続くと思ってた。

私は、涙を流す。

--

彼が来ないのにしびれを切らし、私は苛立って、彼の店を訪ねる。

「あの、店長は?」
「今、いないんですよ。観光ガイドの仕事もしているものですから。」
微笑むその人は、よく見ればお腹のまわりがゆったりした服を着ていて。

ショートカットの髪の、幼な過ぎる顔。

どうして彼は、人魚である私より、この人を選ぶのだろう?

「戻ったら、連絡くださるように言ってください。」
と、私は告げる。

店の奥に戻る彼女を見て、なぜかはっとする。彼女の足は、わずかに引きずられている。

--

「もう、会えないのね。」
私は、言う。

彼は、うなずく。

「奥様に会ったわ。」
「知ってる。」
「彼女の足。」
「うん。左右の足の長さが違うんだ。それで、あんな歩き方に。」
「足のせい?」
「なにが?」
「彼女を選んだ理由。」
「いや。多分、関係ないよ。」
「今、いやだって泣いたら別れずにいてくれる?」

彼は、黙って首を振る。
「僕もきみも、海から逃げてここまで来た。もう、これ以上逃げるわけにはいかないんだよ。」

分かってるけど。何て悲しい。この「死」のような感覚は、人魚だった頃に知らなかった感覚。

この先、何を想って生きていけば?

無い筈の耳たぶが、激しく痛む。


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