セクサロイドは眠らない

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2002年03月30日(土) 彼の指に上手く反応できないうちに、彼が待ちきれないように押し入ってくる。ねえ。違うの。私の欲しいものは、違うの。

もう、十年あまりも勤めているデザイン事務所を後にして、私は夜の街に繰り出す。デザイン関係、なんて言ったところで、私のやっているのは、地元のスーパーのキャラクターデザインをしたりといった、誰でもやれる穴埋めの仕事だった。

退屈な仕事。

仕事の退屈さを埋めるために、週末は夜の街に出る。いつもの溜まり場の店に顔を出し、そこに出入りしている男達とラブ・アフェアを楽しむ。いつからだろう。男達と寝るのがこんなに簡単になったのは。

--

月末の週末、珍しく残業になった。どうせいいや。一つの情事が終わって少し疲れていたので、しばらくはまっすぐ部屋に帰って一人になりたい気分だった。

ようやく仕事を片付けて顔を上げると、同僚の古川が
「飲みに行かない?」
と、言った。

私はしばらく考えて、
「いいよ。」
と答えた。

「あー、嬉しいね。いつも週末はさっさと帰っちゃうからさあ。ようやく俺の番だが巡って来たって感じだな。」
「ちょうど、空きができたのよ。」
「知ってるよ。」
「なんで?」
「携帯が鳴らなくなった。」
「いやあね。そんなことまで見てたの。」
「もう、夫婦みたいなもんでしょ。これだけ一緒に仕事してれば。」
「そうかもね。」

私達は笑い合って、小ぢんまりした居酒屋に入る。

古川とは、もう、本当に長い。お互いの恋人と一緒に旅行したこともあるぐらいだ。
「最近、彼女とかいんの?」
「いや。いねー。あんたとは違う。もう誰でもいいってわけにはいかないんだよ。」
「ひどいわねえ。私だって誰でもいいわけじゃないわ。」
「俺にはそう見えるね。」
「お好きに。」

それから、古川は真顔になって、言う。
「今夜、俺んち来ない?」
「え?」
「いいだろう?」
「いいけど・・・。さ。」
「ずっと待ってたんだよ。本当に。おまえが俺のこと振り返る余裕ができるのを。」
「それって口説いてんの?」
「あ?ああ・・・。嫌か。」
「嫌じゃないけどさ。今さら照れくさいじゃん。」
「俺、結構本気だぜ。」

まだ冷たい春の風を感じながら、古川は手を握って来た。

どきん。

やだ、なんか、恥ずかしいじゃない。

--

彼とは、随分と前からこうやっていても良かったのかもしれない。

と、虚飾も虚栄もない体に抱かれる。

夫婦みたいなもんだから。と言った彼の言葉を思い出す。

終わって煙草に火をつけると、
「どうだった?まあまあだろう?」
と、彼が聞いてきた。

「まあまあね。」
と、私は笑った。

男は、ほっとしたような顔で、私の髪を撫でる。

「ねえ、あんた、さあ。」
私は、無防備になった彼の顔を眺めながら言う。

「ん?」
「案外と甘えん坊でしょう?」
「どうして分かるの?」
「ふふ・・・。どうしてって、さあ。男って、大概そう言ったら、図星って顔するものなのよ。」
「なんだ。」

このまま、成り行きで夫婦になっちゃってもいいか。

その夜、本当にそう思えたのだった。

--

四月に入り、事務所に中途で採用した木下という男性が入って来た。おとなしい男だった。背が高く甘いマスクをしているのに、やたらと無口だった。

「あれで、もう少ししゃべったら、もてるのにね。」
私達は噂し合った。

その日の午後。

たまたま、事務所のあるビルの屋上に出て煙草を吸おうとしたところで、木下が先客でいた。

「風、まだ強いね。」
「そうですね。」

彼は私の顔を見もしない。

「ねえ、結婚してんの?」
「僕ですか?いえ。してませんけど。」
「毎日、まっすぐ帰ってるみたいだから。」
「人付き合いとか、苦手ですから。」
「いい男なのに、欲がないよね。」

彼は答えなかった。

その煙草をはさんだ白く長い指がどきっとするほどに色っぽく、彼の広い肩とよく似合っていた。

「ねえ。今度飲みにいかない?」
「遠慮しときます。」
「つれないわね。」
「古川さんに悪いから。」
「やだ、そんなの関係ないわよ。」
「あなたが関係なくても、彼はそう思ってなさそうですよ。」

木下は、煙草をもみ消すと、会釈をして立ち去った。

いやな男。

--

少し気になる、と思った。

あんな男に関わったら、きっと嫌になるほど振り回される。

私は、男の指を思い出す。それから、少し厚ぼったい唇を思い出す。

「何考えてんだよ?」
古川が、背中に口づけてくる。

「何にも。」
「うそつけ。」

彼が激しく唇を吸ってくるから、私は、古川の指に集中する。

「なあ、結婚しよう。」

私は、答えない。

あ・・・・。

その時、目を閉じて、自分の上にいるのが木下だったらいいのにという考えが入り込んで来てどうしようもなくなった瞬間、激しく上りつめる。

--

日曜は、古川と会いたくなくて、誘いを断って一人出掛ける。

古川でもいいはずなのに、何が不満なのだろう?

そんなことを考えて歩く。

人ごみの中、彼を見かける。周囲より頭一つ高い。木下だ。声を掛けようとして、私は気づく。横を歩く女性。あきらかに彼より年上のその女性と、五歳くらいの女の子。

いたのね。大事な人が。

私は、なんだかむしょうに悲しくなって、慌てて自分の部屋に帰る。

電話が鳴ってる。きっと古川だ。

いつまでも鳴ってる。

でも出ない。

--

「なあ、考えてくれた?」
もう、すっかり馴染んだ指。

「日曜だって、ずっと電話してたんだぜ。」

彼の指に上手く反応できないうちに、彼が待ちきれないように押し入ってくる。

待ってよ。お願い。

「元気ないね。」
「うん。」

ねえ。違うの。私の欲しいものは、違うの。

悲しくて、涙がこぼれる。

「どうしたの?」
彼は驚く。

「分かんない。」

これじゃ、ないの。私が欲しいのは。

もっともっと大きな欠落を抱えたまま生きる不器用な男が欲しくてどうしようもないの。

私は泣く。

困った男が、私の中で萎えていくのを感じながら。


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