セクサロイドは眠らない

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2002年03月28日(木) 「ねえ。お兄ちゃん、どうして私のことが嫌いなの?」「さあなあ。何もかも、嫌いなんだよ。」

「パパ、できたよ。」
僕は、数学の問題を解くと、それを差し出してパパの表情をじっと見る。

パパは、僕の差し出した解答を時間を掛けて眺める。

そうして、にっこりと笑って言う。
「うん。良くできている。さあ。次は、この問題をやってごらん。」

僕とパパは、こうやって毎日数学の問題を解く。

パパは言う。
「数学ってすばらしいだろう?世界の切れ端を単純な記号で表すことができるんだ。やろうと思えば、世界を丸々、記号で描くことだってできる。小説家が小説を書くように、それはものすごく自由なことなんだよ。」

僕は、パパの言っていることがそんなに素晴らしいことなのかどうかは分からない。ただ、パパの言うことに黙ってうなずくだけだ。パパはA地点からB地点へ行く道筋を見付けてごらん、と言う。僕は、パパの言う通り、A地点からB地点へ。歩いてみせる。

パパは、大喜びする。
「お前は才能があるぞ。今、お前が解いたような問題は、パパは十六歳で解いた。お前は、たった九歳で、それがやれたんだからな。うん。すばらしい。」

だけど、僕はどうしようもなく不安だ。

だって、僕は、いつかきっと道に迷う。

そうしたら、パパは、その時は、もうにっこり笑って褒めてくれたりしないだろう。僕は、パパの笑顔が欲しくて、問題を解く。

パパは、僕が問題を解くから、愛してくれるんだ。

じゃあ、僕が問題を解くことができなくなったら?その時は?

パパはくるりと背中を向けて、行ってしまうだろう。そうして、僕は、道を見つけられずに立ち尽くす。

僕は嫌な想像を追い払って、問題用紙を読み始める。

--

曇りの午後。

学校から帰ると、僕はパパが帰ってくるまでの時間、パパにもらったパズルの本を読む。僕が大好きな本だ。パパがくれたにしては珍しく色付きの本。

背後から鼻につんと、甘いキャンディーの匂い。また、あいつだ。

僕は、振り向いて、一つ年下の妹に向かって言う。
「あっち、行けよ。」

「何よ、けち。ちょっとぐらい見せてくれたっていいじゃない。」
「お前、女の子だろう?パパに買ってもらったお人形で遊べばいいんだ。」
「ずいぶんひどいのね。私だって、お兄ちゃんみたいな絵本が欲しいわ。」
「どうせ読んだってお前なんかに分かるものか。」
「ひどーい。お兄ちゃんのいじわる。」

妹はプイと部屋を出て行ってしまう。

僕は、妹が大嫌いだ。お人形のように可愛いのは認めるが。何の努力もしないでも、最初からパパに可愛がられている。僕のように、一生懸命数学の問題を解かなくったって。それどころか、日増しに、その金髪は輝きを増し、ピンクの頬がつややかに光る。パパは、とろけるような顔で、その頬にキスをする。

女の子はいいよ。その存在だけで愛される。

--

遠くで雷が鳴っている。

今夜、珍しくパパは出張でいない。

ママは、いつしか僕達に「おやすみ」を言いに来なくなった。この家は、まるで僕と妹とパパの三人だけで暮らしているような感じだ。

雷がますます近くで響き、僕は少し怖いけれど、机でパズルの本を読んで気持ちを落ちつける。

背後で声がする。
「お兄ちゃん。」

また、あいつだ。振り向くと、妹がテディ・ベアを抱き締めて、泣きそうな顔になっている。

「どうしたんだよ?入って来るなって言っただろう?」
「ちょっといい?」
「駄目だ。」
「ねえ。お兄ちゃん、どうして私のことが嫌いなの?」
「さあなあ。何もかも、嫌いなんだよ。」
「私が・・・。その・・・。パパと仲良しだから?」

僕は、ドキリとして、答えられない。

妹は、しくしくと泣き出す。

これだから女の子は嫌だ。泣けばいいと思ってる。僕だって、泣きたいのに。でも、男の子が泣いたりしたらパパが喜ばないから、じっと我慢してるのに。

「何だってんだよ?」
「私、お兄ちゃんみたいになりたかった。男の子になりたかった。そうやって、パズルとか解いて。」
「お前は、今だって充分楽しそうじゃないか。何にも考えずにお人形遊びしてればいいんだよ。」
「私、男の子になりたい。そうしたら・・・。そうしたら・・・。」
「そうしたら?」
「パパにキスしなくても。パパに抱かれなくても。夜、パパが来るのをベッドで待たなくても。パパの前で服を脱いだりしなくても。パパに愛されるのに・・・。」

妹は、ただ、テディを抱き締めて、泣きじゃくっている。

僕は、ただ、呆然として、妹を見る。

無条件で愛されたがっているのは、僕だけじゃなかった。

僕は、そのテディを見て、思い出す。

そう言えば妹は、うなるほどの人形をパパに買ってもらっているくせに、いつもこのテディを抱いている。これは僕が小さい頃、ママに作ってもらったやつだ。僕は、いつもこれを抱いて寝ていた。そうしたら、小さかった妹がこのテディを欲しがって泣いたんだっけ?僕は、あの頃はまだ、妹が大好きだったから、テディを妹の腕に抱かせてやったんだ。

そう。あの頃は、まだ、僕ら兄妹は本当の笑顔を知ってた。


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