セクサロイドは眠らない

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2002年03月27日(水) 僕は、彼女の愛らしいおヘソに、口づける。「やだっ。」彼女は小さな悲鳴を上げる。

三月は忙しいんだよ、と、わざと疲れたような声を出してみせ、ベッドの妻に背を向ける。

花粉症のせいなのか、当て付けなのか分からないが、いつまでもぐすぐすと鼻を鳴らす音がして、僕はイラついて眠れない。

もう、妻を抱かなくなって何ヶ月経ったろうか。何がきっかけか、もう分からない。些細な口論が増えて来て、夫婦の関係がいつしか苛立つものになって来たためか。

悪いとは思っている。

妻は妻なりに下着などに工夫を凝らし、僕の帰宅を待っている。いっそ、抱くことができれば、他の小さないさかいなど全て解決できるのにとも思う。だが、どうしても駄目だった。

--

その日も、ほんの些細なことから口論になった。

そうして、いつものお決まりの台詞。

「ねえ。あなた、もう、私のこと嫌いなんでしょう?」
「そんなことない。」
「嘘。嫌いなんだわ。」

ああ。それこそ、僕が僕自身に何度も問うたこと。いっそ別れたほうがいいのかとも思ったが。僕は妻を愛している。ただ、抱くことができないだけ。

「また、帰って話し合おう。行ってくるよ。」

妻が盛大に鼻をかむ音が、また響いている。

--

帰宅すると、部屋には明かりがついていなかった。

「おい。」
呼び掛けても返事がない。

妻がいない。

僕は、慌てて妻のクローゼットの中を見る。服は全部揃っている。どうしたのだろう?家中探しても、いつもと様子が変わったところはない。

妻の実家に電話してみる。
「ケイコ、行ってます?」
「いいえ。来てませんよ。どうなさったの?」
「いえ。何でもないです。」

慌てて受話器を下し、僕は頭を抱えてソファに腰を下す。こんな僕に愛想をつかしてとうとう出て行ってしまったのだろうか?

その夜、彼女からはとうとう連絡がなかった。

朝になっても。僕は一人。キッチンを探し回り、ようやく紅茶を煎れ、トーストを齧る。僕は、今更ながら、生活の全てを彼女に頼っていたことを知る。

--

「おかえりなさい。」
「ああ。戻ってたのか。」
「どういうこと?私、ずっと家にいたわよ。」
「嘘だ。だって昨日・・・。」
「ねえ。今日はね、いいニュースがあるの。」
「なんだよ?」
「あの、ね。出来たの・・・。」
「え?」
「やあねえ。赤ちゃんよ。三ヶ月ですって。」
「まさか。」

頭の中でどう考えても、僕は、三ヶ月どころか半年以上彼女を抱いていない。

「きっと、あの夜よ。あなた、少しだけアルコールが入ってたせいで、随分と激しかったじゃない。」
彼女は、耳たぶを桜色に染めて微笑む。

「そう・・・、だったかな。」
僕は少し混乱して、彼女の顔を見る。

もし、彼女が浮気でもしていたら、こうも堂々と僕の前で喜んでみせるだろうか?

「ねえ。嬉しい?」
「あ・・・、ああ。なんだか急で、よく分からない。」
「男の人って、そういうものなんですってね。でも、生まれたらきっと実感が湧くわ。」
「そうかな。」

生真面目過ぎるほどの彼女に、嘘なんか吐けるはずもない。

「やだ、私の顔、変?」
「あ。いや。疲れてるんだ。風呂にしてくれる?」
「ごめんなさいね。私ったら、もう、あなたより赤ちゃんのことばっかりで頭がいっぱいになっちゃって。」

--

妻は、変わった。肌はつやつやと輝き、いつも笑顔で僕に接する。あのいさかいの日々が嘘のようだ。そうして、僕は、混乱を引きずったまま、そんな妻を見ている。彼女は狂ってしまったのだろうか?

「ねえ。あなた聞いてる?」
「あ・・・。ああ。」
「最近、あなたちょっと変よ。」
「そうかな・・・。ところで、きみ、花粉症治ったの?」
「花粉症?そうねえ。そういえば、そうかも。」
「良かったじゃないか。」
「ええ。これも赤ちゃんのお陰かもね。それより、さあ。赤ちゃんがお腹で動いたの。触ってみてくれる?」
「え?」
「やだ。そんな顔しないで。触ったら、あなたもきっと実感が湧くわよ。」

彼女は、僕のそばにきて、マタニティウェアの裾を持ち上げると、白くてペタンコのお腹を見せる。

やっぱり、想像妊娠なのか。

触ってみるが、妊娠の気配などまったくない。

急な衝動だった。

僕は、彼女の愛らしいおヘソに、口づける。

「やだっ。」
彼女は小さな悲鳴を上げる。

僕は、彼女の体をそっと膝に載せると、その大袈裟なマタニティウェアを脱がせて、背後から抱き締める。

「ねえ・・・。そっとして。お腹の赤ちゃんがびっくりするから。」
「分かってるって。」

その白い乳房も、まだ、母乳を出す準備をしているとも思えないくらいに引き締まって、余計な脂肪はついてない。

「僕達、ほら、赤ちゃんが出来てから、こういうことしてないだろう?」
「ええ・・・。でも。」
「ベッドに行こうよ。」
「うん。」

僕達は、それから、優しく優しく交わった。

僕は、彼女が狂ってしまったから彼女を愛せるようになったのだろうか?

僕は、彼女の花粉症が治ったから彼女を愛せるようになったのだろうか?

僕は、彼女の妄想が生んだ赤ちゃんのせいで彼女を愛せるようになったのだろうか?

そんなことは今はどうでも良くて、彼女の滑らかな体に激しく飢えていて。だが、その頂きに登りつめるのが怖い。全てが終わったら、僕と彼女を幸福にしている妄想は消え去って、また、あの憂鬱な日々が戻ってくるのだったらどうしよう。あるいは、本当に僕達の愛らしい赤ちゃんがここにいたら、僕らは幸福になれるのだろうか?あるいは・・・。

彼女の喘ぎ声が高まる。

僕は耳元でささやく。

ねえ、一緒に・・・。


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