セクサロイドは眠らない

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2002年03月24日(日) あれは、人魚が落としていったパンプスで、彼女は王子に見初められなかったせいで泡になって今頃消えてしまったのかもしれないな。

その人に目を奪われていたのは、彼女が派手に泣いていたから。

それから、素敵に美しい脚をしていたから。

顔をくしゃくしゃにして、こぼれる涙も隠さないで、鼻の頭を赤くして。あんまり泣くものだから、彼女はつまづいて転んでしまった。真珠色のパンプスが片方脱げて転がる。

あっ。

ふらふらと立ち上がった彼女は、パンプスが脱げたことにも気付かないように、ひょこひょこと歩きながら、雑踏の中に消えてしまった。

僕は、彼女の真珠色のパンプスを拾い上げる。

--

それからの日々、僕は、彼女を探す。美しい脚の記憶を頼りに。

あれは、人魚が落としていったパンプスで、彼女は王子に見初められなかったせいで泡になって今頃消えてしまったのかもしれないな。

そんな風に、もう、ほとんどあきらめた頃に、その脚に出会う。

「待って。」
僕は思わず大声を出す。

「誰?」
振り返る彼女。

「この前、靴を落としていっただろう?」
「ああ・・・。そうだったかしら。」
「うん。真珠色の。」
「そうだったかもしれない。」
「覚えてないの?」
「そうねえ。すごく悲しいことがあったの。」
「泣いてた。」
「泣いたことさえ覚えてないくらいに、悲しかったの。」
「僕の部屋においでよ。靴、渡すから。」
「いらないわ。捨てておいて。」

と言いながら、彼女は僕と一緒に歩き始める。

--

僕の腕の中で、彼女の美しい脚が魚のように跳ねる。

僕は、その感触を味わいながら、彼女の魅力について考える。

「あなたも、脚が好きなの?」
「え?」
「さっきから、脚ばっかり。」
「うん。好きだよ。」
「男の子はみんなそうね。顔は、ほら。私って十人並でしょう?だから、私のどこが好きって訊ねたら、多分、みんな脚を好きって言うのよね。」
「それは違うよ。」
「違わないわ。」
「きみの脚は、きみの顔や体に本当に似合ってる。だから素敵なんだよ。」
「顔は添え物ね。」
「そんな風に考えるのはよくないよ。きみより百倍も綺麗な子より、僕はきみの脚にぴったりなこの顔が大好きなんだ。」

僕の妙な言い訳に苦笑しながら、彼女は僕に口づけてくれる。

「あなたが言うとおりよ。あの日、泣いてたわ。」
「何かあったの?」
「男の人ってさあ。どうして、もう、愛してない女の子に対しても、好きじゃなくなったってちゃんと言ってくれないのかしら。もう、電話もして来ないくせに。他の人と手を繋いで歩いてたくせに。さんざん放っておいて、そのくせ、ちゃんと本当のことを言ってくれないの。もう、愛してないなら、愛してないって、そう言って欲しかったのに。」
「だから、泣いてたの?」
「うん。」
「男って、そういう生き物なんだよ。そんな生き物のために泣いたりすんなよ。」

僕も、そんな生き物だけど。こんな素敵な脚をした女の子をあっさり捨てられる男は信じられない。

僕は、真珠色のパンプスを彼女に渡す。今度はこれを履いて、僕のところに来ておくれ。

彼女はうなずく。

--

つまりは、彼女の脚は、彼女の素敵さの象徴で。それは、いつも、はっきりとした目印のように僕の前にあって、僕は、それを見るとため息をついてしまう。飽きるということがない。

彼女は、僕が脚にばかりに気を取られることが気に入らないようだけれど。

考えてもみてごらん。

こんなに素敵な目印がついている女の子は、そんなにいやしない。僕は、きみを絶対に見失わずに済む。

--

夜中に、彼女の携帯電話が鳴っている。

いつまでもいつまでも鳴っている。

彼女は、起き出して、電話に出る。

「やだ、切れちゃった。」

それから、彼女は携帯のディスプレイを随分と長いこと見つめていた。

そうして、大急ぎで服を着ると、バッグを取り上げて出て行く。

おい。待てよ。

彼女には、僕の声は聞こえない。

よっぽど急いでいたのだろう。玄関には、片方転がった、真珠色のパンプス。

--

僕は、またしても、脚を探す日々。

あれから、一年、二年。

いつまで経っても、その脚とは出会えない。

雑踏の中に、美しい脚はたくさんあるのに、それは全て探しているのとは違うのだ。もう、彼女はどこか遠くに行ってしまったのだろうか。それとも、愛らしい赤ちゃんを生んで、その脚は、愛する誰かを支える脚に変わってしまったのだろうか。

僕は、探すことをやめない。

ガラスのように脆い、愛を求める脚を。

あの脚でなきゃ、愛する価値がない。


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